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デュエル・マスターズについて語る非公式ファンサイトです。
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ネギ博士
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デュエル・マスターズ初心者向けを意識した記事を書いています。
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 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 未来地区の博物館で人々を襲っている魔法使いを止めるために出動した征市と陸。その二人を待ち構えていたのは、陸の宿敵、ジャロール・ケーリックだった。ジャロールが持っていたオルゴールのプライズによって征市と陸は眠りに落ちる。
 夢の世界で、陸は、自分の過去を振り返った。そこで見たのは両親の死。友人の死。過去を見終わった後に現れたジャロールを目にして、陸の中で再び憎しみの炎が燃え上がる。夢の世界に現れたジャロールの分身を倒し、陸はその世界から抜け出すのだった。

 File.10 この世界を救え~征市の夢~

 Y市の中でもオフィス街に近く、新幹線の駅も通っている『新Y地区』と呼ばれる場所。オフィスだけでなく、観光名所も多く、JR新Y駅の改札を抜けると商業施設や土産屋が並ぶ長い通路がある。十五年前にオープンしたラーメン博物館も有名だ。
 征市は、そこから少し離れたYスーパーアリーナの中にいた。Yスーパーアリーナはアーティストのコンサートや様々なイベントに使われるイベントホールだ。Y市の成人式はここで行われる。
 征市はコンサートを観に来ているわけでも成人式に出ているわけでもない。コンサートを観に来るほど熱心な音楽好きではなく、彼の歳は十九歳だからだ。
 彼は観客ではなく、舞台に立つ側だが、彼が得意とする手品のイベントではない。日本全国を巻き込んだデュエル・マスターズの大会の準決勝が行われているのだ。デュエル・マスターズのサークル『トライアンフ』のメンバーとして、征市の他に陸や湊も参加したが、ここまで残ったのは征市だけだった。
 大舞台の下で四方八方からライトに照らされながら征市は手元のカードを見る。額に大粒の汗をかいているのは、ライトの熱のせいだけではない。
「《ボルシャック・大和・ドラゴン》召喚!」
 マナをタップし、クリーチャーを場に出すのと同時に、征市と対戦相手の前にある広い空間にCGのクリーチャーが出現する。そして、その《ボルシャック・大和・ドラゴン》は刀を抜くと目の前にある二枚のシールドを切り裂いていった。
「これでお前のシールドはなくなった!勝負あったな!湯浅基夫(ゆあさもとお)!」
 征市の《ボルシャック・大和・ドラゴン》にブレイクされて手札に戻ってきた二枚のシールドを見て、対戦相手の男、湯浅は悔しそうな顔で征市を睨むと
「うるさい!ヴェノム2(ツー)と呼べ!本名で呼ぶんじゃないじぇ!それに俺の切り札の出番はこれからだじぇ!」
と、言った。
 夜の闇と間違えそうな黒い色の生地に白いラインの上下。首から下げた金色のチェーンにランクに応じた色のデッキケースをつけた服装をしたそれらのデュエリスト達が所属する組織の名は『ヴェノム・クライシス』。日本中にメンバーがいる悪の組織であり、大会で勝つために卑怯な手段を使う事もある。彼らのトップにいるのがヴェノムキングと呼ばれる存在で、彼らの目的は世界征服だ。この会場の観客席にもヴェノム・クライシスのメンバーが大勢混ざっている。
 髪を派手な茶色のモヒカンにして大きなサングラスをかけたヴェノム2、湯浅は、征市がターンを終了したのを見て山札からカードを引く。それを見て不安を抱えていた湯浅の顔に笑みが生まれた。
「これでお前の負けだじぇ!《ヘブンズ・ゲート》!」
 湯浅が呪文を使い、派手な光のエフェクトが《ボルシャック・大和・ドラゴン》の目をくらませる。光が静まってからそこに現れたのは、巨大な戦艦と見間違える程の大きさのエンジェル・コマンド《天海の精霊シリウス》といくつもの手を持つ青い精霊《知識の精霊ロードリエス》だった。
「ブロッカー二体を召喚したじぇ!お前のシールドは二枚!次のターンでそれをブレイクして、さらにとどめも差してやるじぇ!」
「へぇ……。そんな事できんのかよ?」
 《シリウス》と《ロードリエス》は二体ともブロッカーだ。その内、《シリウス》だけは攻撃できるパワーが12000のT・ブレイカーである。だが、《ロードリエス》は相手プレイヤーを攻撃できないカードだ。《シリウス》でシールドを全てブレイクしたとしても、征市に直接攻撃はできない。
「《ロードリエス》が攻撃できないなら、攻撃できるようにしてやればいいんだじぇ」
「なるほどな。《ダイヤモンド・エイヴン》か」
 征市が言った《覚醒の精霊ダイヤモンド・エイヴン》は、湯浅のマナゾーンにもあるカードだ。自分のクリーチャーの相手プレイヤーを攻撃できない効果を無効化する事ができる。
「そうだじぇ!これなら《ロードリエス》も攻撃できる!さらに、お前の《ボルシャック・大和・ドラゴン》の攻撃もブロックできる!お前を倒してヴェノムキング様に褒めてもらうじぇ!」
「さすがはヴェノム・クライシスのナンバー2だ」
 征市の言葉に、会場にいる観客がざわめく。多くのデュエリストは、征市がヴェノム・クライシスのメンバーを倒してくれると願って観戦しているのだ。征市が弱気な発言をする事で、ショックを受ける者も多い。
「征市くーんっ!負けちゃダメーっ!最後まで諦めちゃダメーっ!」
 征市達が戦っている舞台に近い客席から子供っぽさを感じる高い声が征市の耳に届く。見ると、そこには一ノ瀬彩弓がいた。彩弓の隣にいるのは湊だ。
「諦めたなんて一言も言った覚えはないぜ。さすが、とは言ったけどな」
 征市は不適な笑みを浮かべると、手札の中から一枚のカードを引き抜き、クリーチャーを召喚する。
「《戦攻竜騎ドルボラン》召喚!」
 征市が召喚したのは、アーマード・ドラゴンとアースイーターの融合クリーチャーだ。それを召喚した瞬間、会場の空気が一つになり、熱気が全てを包んだ。
「なんだ、この歓声は?勝つのは俺だじぇ!」
「それは違うな。《ドルボラン》は登場と同時にパワー6000以下のクリーチャーを一体破壊し、同時にパワーが6000より大きいクリーチャーを一体手札に戻す!パワー6000以下の《ロードリエス》を破壊し、6000より大きい《シリウス》を手札に!」
 《ドルボラン》が持っていた銃火器が湯浅の場に弾丸のシャワーを浴びせる。砲撃が終わった後、彼を守るブロッカーは一体もいなくなっていた。
「嘘だ!ヴェノム・クライシスのナンバー2の俺様が負けるなんて嘘だじぇ!」
「違うな。『ウソのようなホントウ』って奴だ!《ボルシャック・大和・ドラゴン》でとどめだ!」
 《ボルシャック・大和・ドラゴン》が湯浅に斬りかかるような映像が流れ、対戦は終了する。歓声がその場を包み、征市は右腕を高く上げてそれに応えた。
「やったよーっ!せーいーちくーんっ!」
「おめでとうございます!征市さん!」
 彩弓と湊が客席から舞台へ降りてきた。征市は降りてきた二人に対して軽く手を振る。
「おめでとう、はまだ早いぜ、湊。決勝進出ってだけで優勝じゃない」
「それでも、おめでとうだよ、征市君!それに、今、東京ドームでやってる準決勝でヴェノムキングが負けてくれれば……!」
 彩弓の言うとおりだった。征市達の目的は、ヴェノム・クライシスの脅威を退ける事である。ヴェノム・クライシスのメンバーがこの大会で優勝できなかったら、彼らは世界征服を諦めると宣言したのだ。
征市がもう一つの準決勝について考えていると、スラックスのポケットの中で携帯電話が鳴った。東京ドームでの準決勝を観ていた陸からの着信である事を確認して、征市は電話に出る。
『セーイチさん!大変ですよ!』
「何かあったのか!?」
 陸の声色からただならぬものを察した征市は聞き返す。それと同時に、モニターを見ていた観客の絶叫が耳を貫いた。
 征市がモニターを見ると、既に終わったもう一つの準決勝の模様が映されていた。
 ヴェノムキングの相手プレイヤーが、クリーチャーによって攻撃を受け、担架で運ばれている。とどめの時だけクリーチャーを実体化する能力を持ったヴェノム・クライシスの力を使い、相手プレイヤーに肉体的なダメージを与えたのだ。ヴェノムキングは、自分に刃向かった者が気に入らないのか、それとも明日戦う征市に見せつけるためなのか、一度直接攻撃を受けた相手プレイヤーに対して何度も攻撃を繰り返した。相手プレイヤーの苦しむ声を聞いて泣き出す観客もいる。
「何だよ、こいつ……」
 その様子を見て、征市が最初に感じたのは怒りよりも恐怖だった。あれだけの攻撃を受けたら、死んでしまうかもしれない。運よく生きていたとしても、五体満足でいられるとは限らない。
「我々に逆らうデュエリスト、相羽征市よ。聞いているか!」
 がっしりとした筋肉をヴェノム・クライシスの制服と、キングのみ着用を許されたマントに包み、金色の仮面で顔を隠したその男が、征市達が倒すべき敵、ヴェノムキングだ。彼はマイクを持って、こう続けた。
「我が部下を倒すとは予想外だった。明日の決勝戦では私が自ら貴様を葬り、ヴェノム・クライシスによる世界征服のための狼煙としてやろう!首を洗って待っているがいい!」
 そこでモニターの映像が途切れる。彩弓は、ヴェノムキングに対して舌を出して挑発していたが、その体は震えている。彼女も担架で運ばれたプレイヤーを見て恐怖したのだ。
「征市さん……」
 湊も征市に近づき、その手を握る。征市は一息つくと、
「悩んでても仕方がねぇ。事務所に戻ろう」
と言った。

 新Y駅から市営地下鉄で数駅。Y港が開港した直後の西洋の建築が色濃く残ったQ区に、彼らのチーム『トライアンフ』の事務所はある。事務所になる前は博物館として使われていたその場所は、元々、大正時代に銀行として使われていた建築物である。
「相羽さん、決勝進出おめでとうございます」
 事務所で報告を聞いていたトライアンフのリーダー、菜央は征市に労いの言葉をかける。それだけではなく、デスクの上には、ペットボトルの飲み物が数本と紙コップが置かれていた。簡単なパーティーでもするつもりだったのか、飾り付けもしてある。
「決勝進出ってだけなのに、優勝パーティーみたいな飾り付けだな」
「ここまで来たら必ず優勝しますよ。前祝いのようなものです」
「だって!征市君、何か飲もうよ!ほら、湊ちゃんも準備して!」
 彩弓が既にペットボトルのジュースを一本取って紙コップが入っていた袋を開ける。それを見ていた征市が
「お前なぁ……。遠慮しようとかそういうのはないの?つーか、俺の決勝進出パーティーとかじゃないの?」
と言った。呆れながら、征市も紙コップを受け取り、ウーロン茶を飲む。まだ緊張が体の中に残っているせいか、口が渇いていた。それを潤すような冷たい液体が征市の口を癒す。
征市は味覚と喉で、二度、その味と冷たさを楽しみながらヴェノム・クライシスとの戦いを思い出していた。
 デュエル・マスターズのカードで人を傷つける力を持った謎の集団、ヴェノム・クライシス。悪の組織を名乗る彼らは全てのデュエリストに宣戦布告し、大会で上位入賞するデュエリスト達に戦いを挑んだ。その結果、多くのデュエリストが破れ去っていった。
 そんなヴェノム・クライシスと戦っていたのがトライアンフである。長きにわたるヴェノム・クライシスとの戦いでメンバーが減っていったトライアンフは、一人でヴェノム・クライシスと戦い続けていた征市と当時、無名だった湊をスカウトし、ヴェノム・クライシスを追い詰める。だが、追い詰めたとしても、ヴェノム・クライシスのようにデュエルで勝利する事で相手を傷つける事ができない普通のデュエリストが彼らを倒す事は不可能だ。それを把握していた日本政府は、日本全国を巻き込んだデュエル・マスターズの大会を実施し、ヴェノム・クライシスのメンバーが優勝できなかった場合、彼らの活動の自粛を求めるよう通達した。ヴェノム・クライシスのリーダー、ヴェノムキングはそれを承諾。ヴェノム・クライシスのメンバーが優勝した場合、日本の政治をヴェノム・クライシスが牛耳る事を条件に大会が始まった。
「日本の命運は明日の決勝戦で決まります。相羽さん、今夜はゆっくり休んで下さいね」
「……判ってるよ」
 一呼吸置いてから征市は答えた。昨日も準決勝のためのデッキ調整であまり寝ていないのだ。早く寝た方がいい事は征市だって理解している。だが、ベッドにもぐっても寝付けず、不安をかき消すようにデッキの調整を始め、気が付くと数時間が過ぎている。征市は、自分がプレッシャーに押しつぶされそうになっている事を否定したかった。だが、これだけの現実が否定できない証拠となって征市の前に立ちふさがる。
 その後も、和やかな雰囲気のまま、パーティーは続いた。いつも騒がしい陸が、まだ偵察から帰っていないせいか、征市はその和やかさが何かが欠けた静けさのようにも感じていた。
「わざわざ悪かったな。ごちそうさま」
 パーティーが終わってから、征市は菜央に一言声をかけて事務所を出ようとした。
「あ、あの……!」
 その背中に湊が声をかける。征市が振り返ると、湊は言葉を選んで口を閉ざし、指先をいじっていた。それを見て、征市は湊の肩に手を置く。
「大丈夫だって。俺は必ず勝つから。絶対勝って来いって言ってくれよ」
「はい!僕、明日の決勝で征市さんが勝つのを信じて待ってます!」
 湊が満足したのを見て、征市は事務所を出た。他の三人はパーティーの後片付けが待っている。
 事務所を出た直後、征市の顔が強張る。仲間と一緒にいる時間は最高だが、征市は今だけは一人でいたかった。多くのプレイヤーの期待を背負った戦いというのは、征市に予想以上のプレッシャーと大きなダメージを与えていた。大きな期待故に、征市が負けた時の失望も大きいに違いない。敗北したら、征市に対して八つ当たりのような暴言を浴びせる連中も出てくるだろう。
「くそっ、俺は普通に楽しくデュエルをしていたかっただけなのに……。何でこんな面倒な事に巻き込まれちまったんだよ!」
 自分の疑問に答えられる者は誰もいない。家に帰っても食欲はなく、デッキケースを机の上に投げ出して椅子に座っていた。何もしないまま時間が流れる。
『おい、征市。入るぞ』
 夕焼けが窓から差し込む頃、書斎の中に入ってくる奇妙な影があった。それは、征市の祖父の肖像画であり、自ら意思を持って動く事ができる。原理はよく判らないが、その絵を描いたのが魔法使いを自称する奇妙な男で、祖父は絵に魔法がかかって動くようになった、と幼いころの征市に話していた。今でも、征市はこの絵が動く原理が判っていないが、気にしてもいなかった。最初は『じじい二号』と呼ばれていたそれは、今は『二号』と呼ばれている。
『元気ないな。どうしたんだ。お前らしくもない』
 征市の保護者を自称する二号は、征市の細かな心の動きにも敏感だ。ただの話す絵だが、征市にとっては唯一の家族と言ってもいい。だが、その二号の優しさですら、今の征市にとっては受け入れがたいものだった。
「悪い、二号。出て行ってくれないか」
 無理矢理、喉から絞り出したような声。それを聞いた二号も言葉を失う。部屋を出る瞬間
『ごはんは食べるんだぞー』
と、言って静かにドアを閉めた。
 征市は、ようやくデッキに手を伸ばし、カードを見始める。だが、その手は自分の中にある怯えを見せつけるように震えていた。
 ヴェノム・クライシスのメンバーを相手にする命がけのデュエルであったとしても、征市はそれを楽しむ事ができた。相手がどんな者であったとしても、死力を尽くして戦えるのは気分がいい。だが、決勝に近づくにつれてそれ以上のプレッシャーが彼を襲っていた。眠れないだけならばそれでいい。一日中、頭痛に襲われる時もある。
 全てを投げ出す方法はないか。征市はそんな風に考えていた。
『なあ、征市……』
 気が付くと、二号が部屋に入って来ていた。それにすら気づかぬほど、征市は自分の世界に入っていたのだ。
「なんだよ」
『彩弓が来たぞ。デートのお誘いじゃないのか?』
「こんな時にデートなんてないだろ」
 そう答えながら、征市は部屋を出る。一階に降りて玄関に向かうと彩弓が笑顔で待っていた。
「彩弓。こんな時間にどうしたんだ?」
 征市がそう聞くと、彩弓は彼の手を取って
「二号が言ってたでしょ?デートだよっ!」
と、返した。呆気に取られていた征市の腕を彩弓が引く。
「ほら、早く。女の子を待たせちゃ駄目だよ?」
「ああ、そうだな」
 訳の判らない理屈に納得しながら征市はドアを開けて、自分の腕を引く彩弓に続いた。
二人が向かったのは山城公園だ。ここには何度も来た事がある征市だが、全てが夕焼けの色に染まる時間に来た事はあまりなかった。
「綺麗だねー」
 赤く染まる海を見ながら彩弓はそう言うと、征市を見て同意を求めた。
「そうだな。綺麗だな」
「もう!そういう時は「君の方が綺麗だよ」って言うんだよ!」
「そんな馬鹿みたいな事言えるかよ」
 頬を膨らませる彩弓の様子を見ながら征市は軽く微笑む。それを見て、彩弓も笑った。
「やっと笑ってくれたね!」
 その言葉が征市の胸を突き刺す。征市は、この数日、心から微笑んだ事はない。ヴェノム・クライシスの戦いは確実に彼の心を蝕んでいた。だが、それを悟られる事は、ヴェノム・クライシスにとって弱みを見せる事でもあり、絶対に避けなければならない事だった。戦略上の優位を相手に奪わせないために征市は自分のストレスを胸の内に押し込めて戦っていた。笑顔で仲間を安心させる事はあっても、それは本当の笑顔ではなかった。
「……判ってたのかよ」
「もちろんだよ!だって、わたしは……征市君のその……友達!友達だからね!」
 言葉に迷いながら、彩弓が言う。
 しばらく、無言の時間が続き、静かな波の音だけが聞こえる。彩弓は征市の目の前に立つと、真剣な表情をしてこう言った。
「ねぇ、二人でどこか遠くまで逃げちゃおっか?」
 彩弓が静かに手を差し出す。征市は答えられない。
 既に夏のものに変わった風が二人の髪を揺らした。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇよ。俺がいなくなったら、誰がヴェノムキングを倒すんだよ」
 そう言う征市の心が揺れる。逃げれば良かったのだ。投げだす方法は簡単に見つかった。もしかしたら、自分でその可能性を無視していたのかもしれない。
「誰でもいいよ、それは。みんな、征市君一人に頼り過ぎているんだよ」
「俺に頼るのは当たり前だろ。俺以外に奴を倒せるデュエリストはいないんだから」
「それがおかしいんだよ」
と、言って彩弓は右手の人差し指を立てる。
「怖くて、大会に出てない人だっているでしょ?それに、最初から戦う事を諦めて何もしない人だっている。それなのに、勝手に期待だけ押し付けて「がんばれ」とか「応援してる」なんて言う人はずるいよ。わたし、征市君ががんばってるのも悩んでるのも知っているから、それを無視できないんだよ」
 「だから」と彩弓が繋げて、両手で征市の右手を取った。沈みかけた真っ赤な夕焼けが彼女の表情をかき消すように全てを照らす。
「一緒にどこかに逃げようよ」
 二度目の提案。それを聞いた時点で征市の答えは決まっていた。
「俺は逃げないよ。戦う」
 彩弓の言葉を聞きながら、征市は自分の中で生まれてくる強い感情に気づいた。それは闘志だ。彼がデュエルをするために最も必要な力が内から湧いてくるのと感じる。
「俺の事を理解して、本気で応援してくれているのはお前くらいかもしれないな。今、お前に会っていなかったら、俺、一人でどこかに逃げていたかもしれない。だけど、逃げるのは駄目だ。絶対に奴を叩きのめす」
 征市は彩弓の手を離す。そして、こう続けた。
「ありがとう、彩弓。俺は明日、必ず勝つ!」
 そう言って征市は夜の山城公園を走った。全身に力が漲る。カードに触れ、明日の準備をしなければならない。全身全霊、全てを打ち込んで戦うために。

 体の奥に熱い火が点いたような興奮は翌朝になっても消えなかった。全ての準備を終えた征市は、二号に見送られながら玄関を出る。会場のYスーパーアリーナまでは充分過ぎるほどの余裕がある。
 だが、家の前の坂道を歩いていると、二つの黒い影に出くわした。どちらもヴェノム・クライシスの制服に身を包んだ男で、手にはデッキを持っている。
「何の用だ?俺はお前達のボスを倒さなくちゃならないからお前達なんかに構っている時間はない。そこをどけ!」
「相羽征市。お前をボスの元へ通すわけにはいかない」
「ここで我らがお前を倒す!」
 二人を見てデッキを手に取ろうとする征市。彼の実力ならば、二人を倒す事など容易い。だが、時間が間に合うかどうかまでは判らない。
「ちょーっと待ったーっ!」
 征市がデッキを手に取る直前、彼の前に一人の少年が現れた。それは陸だ。同時に湊もやってきて、ヴェノム・クライシスのメンバーと征市の間に立つ。
「昨日から様子がおかしいと思って偵察してたんだけど、こんな卑怯な事をやるとはね……。ま、ザコの相手は僕らで充分かな?」
 陸はデッキを取り出す。湊も同じようにデッキを取り出すと、征市を見た。
「征市さんの邪魔は絶対にさせませんから。がんばれ、なんて言いませんけれど、これだけは言わせて下さい。僕はデュエルを楽しむ征市さんの戦いが見たいです」
「湊……」
「そういう事。ほら、セーイチさん。こんなどーでもいー奴は僕達に任せて行った行った!一番おいしいとこ、あげるんだから、格好良く決めて下さいよ?」
「陸……」
 湊の真っ直ぐな瞳と、陸のいたずらっ子のような目が征市を見た。仲間はいつだって彼の仲間だった。助かりたいために応援するのではなく、仲間だから応援する。その想いが征市をさらに強くした。
「ありがとな、二人とも!」
 征市は、ヴェノム・クライシスの二人の間を抜けて走る。
「待て!」
 その背中に叫ぶヴェノム・クライシスのデュエリストだったが、その肩を陸がつかんだ。
「待たないよ。だって、お前の相手はセーイチさんじゃなくて僕だもの。さ、あの世で神様に懺悔しな!」
 湊も同じように相手を見る。その顔は征市に見せていた顔ではなく、戦うための真剣な表情だ。
「誰にも征市さんの邪魔はさせない。哀しい器よ、眠りなさい」

 Yスーパーアリーナ内。全ての出入り口がシャッターで閉じられたその場所で、多くの観客が中央の舞台に集中していた。そこにヴェノムキングは立っていたが、征市はまだ来ていない。
「相羽征市は逃げたようだな。我らに勝てないと思って怖気づいたようだ」
 ヴェノムキングが笑い、近くにいたヴェノム・クライシスのメンバーも同じように笑う。会場にいる観客も征市が来ない事を不思議に思い、「逃げたんじゃないか」とささやき始めた。
「そんな事ないよ!来るもん!」
 それに一人で立ち向かっていったのは彩弓だった。舞台に近い席にいた彩弓は、そこから立つと壇上に上がっていった。
「征市君は逃げるわけない。絶対にヴェノム・クライシスを倒すって言ってた!」
 彩弓はヴェノムキングに近づくとそう叫ぶ。だが、それでも観客達の不安は消えない。
「貴様!ヴェノムキング様の前で失礼だぞ!」
 ヴェノム・クライシスのメンバーが彩弓に銃を向ける。それも一人ではない。四方八方から銃で囲まれているのだ。
「あ……これってすごくまずいかも……」
 周りを見て彩弓は慌て始める。彩弓を逃がさないように、ヴェノム・クライシスのメンバーは少しずつ彼女に近づく。だが、そんな彼らをヴェノムキングは手で制した。
「まあ、待て。相羽が来るというのなら、賭けをしようではないか」
 ヴェノムキングは優しい声を出して彩弓に近づき、彼女の肩に手を置く。彩弓は、その手をはねのけたかったが、周りを銃で囲まれているため、迂闊な事はできなかった。その代わり、目で抵抗の意思を現す。
「強気なお嬢さんだ」
 そう言って、ヴェノムキングは笑うと、賭けの内容を言った。
「一分だけ待つ。それまでに相羽が来なかったら、公開処刑だ」
 驚いた顔をする彩弓を無視して、ヴェノムキングは部下から銃を受け取るとその銃口を彩弓に向けた。
「そ、そんな……!」
「信じているんだったら、命くらい賭けられるだろう?残り五十秒」
 ヴェノムキングの声が無慈悲に時間の経過を告げる。周りにいるヴェノム・クライシスのメンバーはにやにやと不愉快な笑みを浮かべながらその光景を見ていた。
「征市君が来るのを邪魔してるんでしょ!?だったら、許さないから!」
「我々が邪魔しているという証拠はあるのかな?それに許さないからどうするというのだ?」
 そう告げた後、「残り二十秒」という無慈悲なカウントが続く。さらに時間が経過して、残り十秒になる。
「十……九……」
 観客が祈るような目で天井を見上げ、既に目をつぶって耳に手を当てる者も現れる。
「八……七……」
 泣きそうな顔をしながら、彩弓は周囲にいるヴェノム・クライシスのメンバーを睨みつけていった。それが愉快なのか、彼らは不気味な笑顔を見せる。
「六……五……」
 カウントをするヴェノムキングの声に、抑えきれない感情のようなものがこもる。その吐き気を覚えるような歓喜の感情が、観客と彩弓に言いようのない焦燥感を与えた。
「四……三……!」
 そこまで告げた時、何かが破裂するような音がして、全員がその方向を見る。シャッターを突き破って一台のバイクが会場に入って来た。バイクは、壇上に着地すると、乗っていたライダーがヘルメットを取る。そのライダーは征市だった。
「彩弓に銃をつきつけて何やってんだ?返答によっては、ただじゃおかねぇ!」
 征市の全身から発せられる怒りのオーラを浴びて、ヴェノム・クライシスのメンバーは一歩下がる。それは、ヴェノムキングすら引き下がるほど強烈なものだった。
「彩弓、待たせて悪かったな」
 目に涙を溜めていた彩弓は、征市に言われてはっとなる。そして、征市に近づき
「バカバカ!征市君のバカ!何でもっと早く来てくれなかったの!?」
と、彼の胸を叩きながら言った。
「悪いな。途中で邪魔が入ったんだよ。……あれで俺を倒せると思っていたのか?」
 前半は彩弓に言い聞かせるように優しく。後半はヴェノムキングに向けた怒りの声。それを聞いただけで、観客もどれだけヴェノムキングが征市を恐れているのかが判った。
「卑怯者ー!」
「足止めしなくちゃ戦えないのかよ!」
 流れが征市にとって有利なものに変わる。ヴェノム・クライシスの絶対的な力を見せつけるためのパフォーマンスをするつもりだったが、それが全て狂ってしまった。仮面の奥で歯を食いしばりながら、ヴェノムキングは征市を見た。
「来いよ、ヴェノムキング。ここでくだらない戦いに終止符を打とうぜ」
 征市がデッキを取り出したのを見て、ヴェノムキングもデッキを取り出す。そして、部下に舞台から降りるよう命じた。彩弓も舞台から降り、そこで征市を見守る。
「いいだろう。だが、終止符を打つのではない。ここから、我らヴェノム・クライシスの世界征服の物語が始まるのだ!」
 それぞれがデッキを台に置き、デュエルが始まった。
「一気に行くぜ!《ボルシャック・大和・ドラゴン》!!」
 《フェアリー・ライフ》と《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》によるマナ加速によって、征市は4ターン目に切り札の《ボルシャック・大和・ドラゴン》を召喚する。召喚された勢いに乗ったまま《ボルシャック・大和・ドラゴン》はヴェノムキングのシールド目がけて突進していった。
 ヴェノムキングの場には、人魚のような姿のクリーチャー《フィスト・ブレーダー》がいる。ブロッカーであるそれは、《ボルシャック・大和・ドラゴン》の攻撃をブロックしない。《ボルシャック・大和・ドラゴン》が二枚のシールドをブレイクした瞬間、その一枚から決壊したダムのように水流があふれ出し、征市の切り札を飲み込んだ。水流が消えた後、《ボルシャック・大和・ドラゴン》は一枚のカードになり、征市の手札に戻っていった。
「シールド・トリガー《スパイラル・ゲート》だ。厄介な切り札には手札に戻ってもらったよ」
 舌打ちをする征市の前に、ヴェノムキングの新たなブロッカーが立ちふさがる。いくつもの生物のパーツを奇妙に組み合わせた形のブロッカー《ギガスラッグ》だ。さらに、ヴェノムキングは二体目の《フィスト・ブレーダー》を召喚する。
「くそっ!嫌なブロッカーだ」
 征市にとって最も厄介なのは《ギガスラッグ》だ。《ギガスラッグ》はパワーに関係なく相手を道連れにするスレイヤーの能力を持っている。パワー1000のブロッカーだが、パワー6000の《ボルシャック・大和・ドラゴン》を倒す事ができるのだ。
「どうした?もう息切れか?」
 ヴェノムキングが挑発的な口調で言葉を発し、部下達がいやらしい声で笑う。しかし、それも一瞬の事だった。涼しい顔で征市が出した赤い金属の塊がヴェノムキングのブロッカーを押しつぶしていった。
「《地獄スクラッパー》だ。スレイヤーが特殊能力としてついている分、《ギガスラッグ》はパワーが低い。ついでに《フィスト・ブレーダー》二体も除去しておいたぜ。食らえ!」
 《青銅の鎧》が持っていた槍でヴェノムキングのシールドをブレイクする。順調に攻撃がつながった事で、征市の顔に笑みがこぼれる。
「ここまで来るだけの事はある。だが、私の敵ではないっ!」
 ブレイクされたシールドが黒い光と共にクリーチャーへと姿を変えていく。体の各部が腐敗し、そこから皮膚を突き破って様々な生物の手が出ている獣、《ギガバルザ》だ。《ギガバルザ》の手が伸び、征市の手札に届く。征市が持っていた手札が一枚《ギガバルザ》によって引き抜かれた。
「しまった!」
 その力によって捨てられたのは、《ボルシャック・大和・ドラゴン》だった。切り札を失ってしまうのは征市にとって大きなダメージだ。
「《ギガバルザ》はシールド・トリガーを持つクリーチャーだ。しかも、場に出た時に相手の手札を捨てる事ができる。どんな強力なクリーチャーも手札にいる間はただの紙切れに過ぎない」
「余裕ぶって解説かよ。だけど、判ってるよな?《ギガバルザ》のパワーは1000。《青銅の鎧》と同じだ。それで《青銅の鎧》を攻撃したら、お前も攻撃クリーチャーを失う事になるぜ」
 征市の言葉に、ヴェノムキングは鼻を鳴らして答える。
「誰も《ギガバルザ》で《青銅の鎧》を攻撃するとは言っていない。まずは、《フェイト・カーペンター》を召喚!」
 ヴェノムキングが召喚したのは《フィスト・ブレーダー》と同じような人魚のようなクリーチャーだった。《フェイト・カーペンター》はブロッカーではなく、出た時に手札を二枚引き二枚捨てるクリーチャーだ。ヴェノムキングが二枚引いて手札を入れ替える。引いたカードを見た時、口元から軽く笑い声が聞こえた。
「切り札が手元に来たな。だが、まだいい。まだ使う時間ではない。《フェイト・カーペンター》を《パシフィック・チャンピオン》に進化!」
 ヴェノムキングが一枚のカードを《フェイト・カーペンター》に重ねる事で、それが巨大化していく。最初とは比べ物にならない大きさになったその姿は人魚の王と呼ぶにふさわしい。巨大な槍を持った進化クリーチャー《パシフィック・チャンピオン》はその槍を使って《青銅の鎧》を串刺しにする。緑色の粒子になって《青銅の鎧》は消えていった。
「《地獄スクラッパー》を使いタイミングを誤ったな、相羽!」
 ヴェノムキングの言う事も一理あった。《パシフィック・チャンピオン》は、進化クリーチャーの攻撃やブロック、もしくは呪文やクリーチャーの特殊能力でないと倒す事はできない。進化クリーチャーが少ない征市のデッキにとって、天敵とも言える進化クリーチャーだ。
「だが、容赦はしない!《ギガバルザ》でシールドをブレイク!」
 《ギガバルザ》が体中の手を振って征市のシールドを一枚砕く。その中にも、《パシフィック・チャンピオン》を倒せるカードはなかった。
「まだだ。シールドは四枚も残っている。俺は必ず勝つ!」
 自分にそう言い聞かせ、征市は山札のカードを引いた。

 陸、湊、菜央の三人は新Y地区の道を走っていた。ヴェノム・クライシスの妨害が激しく、ここまで来るのにも苦労したのだ。
「セーイチさん、もう勝って表彰台に上がってる頃かな?」
 陸が冗談のような口調で言うが、二人は答えない。三人とも、征市の強さは知っているが、それと同じくらいヴェノムキングが強い事も知っている。
「答えてくれよぉ……」
 そこから先は、会話がなかった。三人とも、一秒でも早くYスーパーアリーナに向かいたかったのだ。
 Yスーパーアリーナの敷地内に入った三人だったが、入口のシャッターが閉じられていて入る事ができなかった。他の出入り口を探すが、どこも同じだった。
「リーダー、湊君!こっちこっち!」
 陸が何かを見つけたようで、二人を見て手招きする。二人が近づくと、そこはシャッターを破った後があった。
「セーイチさん、ここから入ったんですかね?豪快な事するなぁ」
「行きましょう!」
 菜央が入っていったのを見て、陸と湊もそれに続く。デュエルはまだ終わっていなかった。ライトが中央にいる征市とヴェノムキングを照らす。
「《ドルボラン》を召喚して《パシフィック・チャンピオン》を破壊!」
 征市の場に現れた巨体のドラゴン《ドルボラン》は持っていた槍を《パシフィック・チャンピオン》に投げつける。《パシフィック・チャンピオン》は自分の槍でそれを受け止めたが、それと同時に《ドルボラン》の銃弾がその体を打ち抜いた。青い粒子となって《パシフィック・チャンピオン》は消えていく。
「これで、邪魔なクリーチャーは消えた!《ボルシャック・大和・ドラゴン》でシールドをW・ブレイク!」
 ヴェノムキングのシールドの前に立つ《ギガバルザ》の横を擦り抜けて《ボルシャック・大和・ドラゴン》が残っていた二枚のシールドを斬る。その中の一枚が黒い光を放ち、光が墓地へと伸びて行った。
「シールド・トリガー《ゾンビ・カーニバル》だ!私はマーフォーク三体を手札に戻す!」
 ヴェノムキングが使ったシールド・トリガー呪文《ゾンビ・カーニバル》は、種族を選び、その種族のクリーチャーを三体まで墓地から手札に戻すカードだ。手札に戻ったカードの中には、倒したばかりの《パシフィック・チャンピオン》も入っている。
 陸達は、その様子を見ながら彩弓の近くへ走る。集まった四人は、征市とヴェノムキングの場を見た。
 征市のシールドは残り二枚。だが、《ボルシャック・大和・ドラゴン》と《ドルボラン》が一体ずつ立っている。簡単に倒せるクリーチャーではない。
 ヴェノムキングのシールドは残っていない。クリーチャーは《ギガバルザ》が一体いるが、ブロッカーではない。このターンに征市のシールド二枚をブレイクして直接攻撃をするか、征市のクリーチャーを全て破壊しない限り、ヴェノムキングの負けが決まる。
「なんだ。やっぱり余裕じゃないですか。もうすぐ僕達は歴史的展開に立ち会えるんだなぁ。セーイチさん、さっさと決めちゃって下さいよ!」
「陸君、よく見て下さい」
 菜央に言われて陸は改めて場を見る。特におかしなところはなかった。だが、改めて見る事で言い表せない違和感を覚えた。
「ヴェノムキングは諦めていません。ここから、逆転が始まるような気がします」
 菜央がそう言った瞬間、ヴェノムキングが動いた。
「《フィスト・ブレーダー》召喚!ここからが本番だ!」
 ヴェノムキングは手札から一枚のカードを出し、場にかざす。すると、《ギガバルザ》と《フィスト・ブレーダー》が磁石に吸い寄せられるように近づき、融合していった。それによって、黒と青が混ざった光がYスーパーアリーナ内を照らす。征市も観客も、そしてヴェノム・クライシスのメンバーもその光から目を保護するために手で目を隠した。
「ふはははは!見ろ!これが我が切り札だ!」
 その中でたった一人、ヴェノムキングだけは目を見開いて切り札が誕生する瞬間を脳裏に焼き付ける。光が治まってから目を開けた征市達が見たのは、巨大な蛇の頭部から人間の上半身が出ているような異様な姿のクリーチャーだった。
「《蛇魂王ナーガ》だ。パワー9000のブロックされないW・ブレイカーだ」
 ヴェノムキングが説明する。それを聞いて征市は軽く息を吐く。
 征市の場にブロッカーはいない。それ故、『ブロックされない』能力は無駄とも言える。パワーが9000もあればタップされた《ボルシャック・大和・ドラゴン》は攻撃によって破壊できるが、《ドルボラン》は生き残る。次のターンで《ドルボラン》で攻撃すれば征市が勝つ。
「何をするのかと思ったら、切り札を出しただけかよ。脅かすな」
 だが、ヴェノムキングの行動はまだ終わっていない。マナをタップすると、手札から一枚のカードを取り出した。
「よく見ておけ。これが我が切り札《ナーガ》の最終奥儀だ!」
 ヴェノムキングが使ったのは《スパイラル・ゲート》だ。中央に水流が現れる。
 《ドルボラン》を戻すのかと考えた征市だったが、《スパイラル・ゲート》によって生まれた水流は《ナーガ》に近づいていく。
「せっかく出した切り札を戻すなんて、血迷ったか!?」
 観客もヴェノムキングの不可解な行動を見てざわめき始める。水流が《ナーガ》に触れた瞬間、彩弓が叫ぶ。
「征市君!気をつけて!」
「何っ!?」
「もう遅いっ!お前のクリーチャーはこれで終わりだ!」
 《ナーガ》と進化元のクリーチャーがヴェノムキングの手札に戻った瞬間、場に泥水が押し寄せる。その泥水が《ボルシャック・大和・ドラゴン》と《ドルボラン》を飲み込み、かき消していった。
「俺のクリーチャーが全滅……?何が起こったんだ?」
「相羽さん、《ナーガ》の効果です」
 呆然としている征市に対し、菜央が説明する。
「《蛇魂王ナーガ》は、場を離れた時に場にあるクリーチャー全てを破壊する進化ボルテックスクリーチャーです」
「そうか。じゃ、倒すのにも覚悟がいるな……」
 苦い表情をした征市は、《トリプル・ブレイン》を使って三枚のカードを引く。だが、それ以上の事はできずにターンを終了した。
「ならば、行くぞ!《ギガスラッグ》二体!《フィスト・ブレーダー》二体を召喚!次のターンに《ナーガ》に進化してゆっくり片をつけてやる」
 征市にとって厄介なのは《ギガスラッグ》だった。パワーに関係なく触れる事で相手クリーチャーを破壊する性能を持った《ギガスラッグ》にブロックされずに攻撃を通す方法がない限り、征市に勝ち目はない。
「征市君……」
 顔を落とす征市を見て、彩弓が不安そうな声を出す。観客も失望に近い溜息を吐いていた。
「なあ、お前。本当にカードで世界が征服できると思っているのか?」
 会場の全ての人間の視線を受けながら、征市がヴェノムキングに聞く。その質問に戸惑いながら、ヴェノムキングは答えた。
「もちろんだ!我々はデュエル・マスターズで世界征服をする!」
「無理だな」
 挑発的な視線、そして嘲るような笑顔で征市はヴェノムキングを、そして、ヴェノム・クライシスのメンバーを見た。
「よく見てみろ!これはただの紙だ!これが銃弾を弾いたり戦車の弾を受け止めたり、クリーチャーを出したり、ましてや魔力を弾丸にして出すわけがねーだろ!」
 奇妙な説得力を持った言葉がヴェノム・クライシスのメンバーの耳に刺さる。征市の言葉にたじろぎながら、ヴェノムキングは言い返した。
「ぐっ……!確かに、銃弾を弾くなどはできないが、我々がデュエルで勝利すれば、その時だけは実体化したクリーチャーが相手を攻撃する事ができる!魔力云々は訳が判らん!」
 「魔力云々は訳が判らん!」と言った事には、観客を含めてそこにいた者達全員が頷く。それに対して、征市は笑って答える。
「攻撃されて死ぬのが嫌なら、お前らとデュエルしなきゃいいじゃねぇか」
「あ……」
 ヴェノムキングはうろたえながら部下を見て
「そうなのか?」
と、聞いた。部下達も顔を見合わせて困っていた。
「そうだー!」
「何で、こんな簡単な事に気づかなかったんだー!」
 観客達の叫び声が聞こえる。ヴェノム・クライシスの脅威があったとしても、もう彼らには関係がない。戦わなければいいだけの話なのだ。
「それがどうした!まだデュエルは終わっていない!私を倒さなければ世界征服ややめない!」
「だったら、それも終わりにしてやる!俺の切り札でな!」
 征市は山札からカードを引き、手札にあった《ボルシャック・大和・ドラゴン》をマナに置く。最強の切り札をマナに置く行為に、そこにいた全ての者達が唖然とする。
「征市君!変な事言ったのは許してあげるから諦めないで戦って!」
 彩弓の声を聞きながら、征市は頬をかく。
「あのな……。誰も勝負を捨てるなんて言ってないだろう?勝つために、どうしてもこいつをマナに置く必要があったのさ」
 そして、征市は手札から一枚のカードを出すとマナゾーンにあった二枚の赤いカードを重ねながら召喚した。
「出でよ!《超神星アレス・ヴァーミンガム》!」
 征市の目の前に現れたのは、赤い炎の不死鳥だ。マナゾーンにある火文明のクリーチャーのカード二枚が進化元として必要になるため、進化元として使うために《ボルシャック・大和・ドラゴン》がマナに置かれたのだ。
「マナ進化ボルテックスか!確かに、それならば召喚酔いはない!だが、私にはブロッカーが四体も……!」
「いや!これで終わりだ!」
 征市と《アレス・ヴァーミンガム》の想いが重なり、ヴェノムキングのブロッカーが全て炎の波に包まれていく。炎の波が消えた瞬間、そこに攻撃を阻む者は存在しなかった。
「何だと!?嘘だ!」
「違うな。『ウソのようなホントウ』って奴だ。《アレス・ヴァーミンガム》は、メテオバーンで進化元を墓地に送る事により、コスト3以下の相手のブロッカーを全て破壊する!もう俺の攻撃を止める奴はいない!《アレス・ヴァーミンガム》でとどめだ!」
 《アレス・ヴァーミンガム》の炎のエフェクトがヴェノムキングを包む。ヴェノムキングは呆然とした顔でその場に倒れた。
 耳が壊れそうなほどの歓声が征市を包む。今、この時、人々は自由を取り戻したのだ。観客達の笑顔を見て安心した征市の体が白く発光し始めた。彼は気付く。ここにいられる時間が終わりだという事に。
「征市君っ!」
 彩弓達が征市に近づく。そして、彩弓が征市の手を取った。
「悪い、みんな。俺、もう行かなくちゃ」
 征市の体が、白い光の粒になって足元から消えていく。彩弓はそれをずっと見ていた。
「この世界を救ってくれてありがとう。目が覚めたら、またそっちで会おうね」
「ああ、またな……」
 光の粒となって消えていく征市。彩弓達はそれをずっと目で追っていた。

「……ったく。何で俺までおしおき部屋行きなんだよ」
 ジャロールのオルゴールによって眠らされた征市は目を覚ました。そして、目が覚めた征市は、菜央によって陸と一緒におしおき部屋行きを命じられた。陸に連れられながら二人はおしおき部屋に向かっている。
「文句言わない。まあ、仕方ないじゃないですか。僕なんか、おしおき部屋を命じる時のリーダーのちょっとはにかんだような表情が好きでついついやっちゃうんだなぁ」
「おいおい……。反省しろよ」
 ぼやきながら、征市は夢の事を思った。
 自分の世界とは違う、デュエル・マスターズカードがホビーとしての形で存在する世界。命を賭けて戦う事のないその世界ならば、どれだけ素晴らしいだろうか、と。単純に真剣勝負を楽しむ世界ならば、自分もデュエル・マスターズカードを好きになっているかもしれないと思った。
「なあ、陸」
「なんですか?」
「もし、デュエル・マスターズが競技になっている世界があったら行きたいか?」
「いいですね。相手のシールドをブレイクするたびに女の子が服を脱いでくれる世界だったら行きたいですよ!」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
 夢の世界は救われた。もし、今の征市が夢の世界に招待されたら喜んで向かうだろう。
 自由に楽しく戦う世界よ、永遠なれ。

 『File.11 帰ってきた男』につづく

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