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デュエル・マスターズ初心者向けを意識した記事を書いています。
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 デュエル・マスターズ。
 それは、魔力によって生み出された四十枚のカードを使用する戦闘魔法の奥儀。
 これは、デュエル・マスターズカードを使って戦う若者達の『ウソのようなホントウ』の物語である。
 休日を楽しんでいた相羽征市(あいばせいいち)の家に、遠山陸(とおやまりく)と若月湊(わかつきみなと)が奇妙な入れ物を持ってやってくる。魔力を宿した奇妙な入れ物が何なのか三人が考えていると、そこへ一ノ瀬彩弓(いちのせあゆみ)がやってきて、それが魔法のランプだと判断し、中から精霊を呼び出す。精霊に三つの願いをかなえてもらう陸と彩弓だったが、願いがかなったのと同時にランプの中へ吸い込まれてしまった。ランプに吸い込まれた人々を救うため、湊が戦いを挑むが、罠にかかって敗北する。その後、征市が精霊を倒し、ランプの中に閉じ込められていた人々を解放するのだった。

 File.9 眠りのオルゴール~陸の悪夢~

 征市と陸は、未来地区の道を走っていた。征市が住んでいる住宅街とは違い、近代的な建物が多い場所だ。日本最大級の高層ビル、Lタワーは未来地区の象徴であり、Y市の代名詞のようなものでもあった。
 観光名所でもある未来地区だが、今は人がいない。平日という事もあるが、征市はこの場所で昼間に人を見かけないという事は今までなかった。危険なプライズを使った魔法使いがいるらしく、魔法警察によって周辺に結界が張られているのだ。未来地区の一部は、一般人が入れないようになっている。
「魔法警察が結界張って人を追い出すって事は相当厄介なプライズかもしれないな」
 以前、鎧武者が狂暴化して暴れた時も結界の使用はなかった。今回はそれ以上の危険性がある事件だという事だ。
「対した事ないと思いますよ?『コードD』扱いされた時点で、終わりですって。今回のターゲットも運がなかったね。こんな強力なデュエリスト二人を相手にした時点で既にゲームオーバーだって事を教えてやりましょうか!」
 険しい表情をする征市と楽観的な陸。陸も口調こそ楽観的だが、心配をしていないわけではない。未来地区の博物館で起きた今回の事件は、何が起きているのか詳細が不明なのだ。最初に調査に向かった魔法警察から数秒程度の報告があっただけで、あとは何の連絡もない。魔法警察、博物館の職員、そして、見学に来ていた客も含めて中にいる人々の安否は判らない。
 二人は無事を祈りながら博物館入口の階段を駆け上がる。そして、客を歓迎するように開いたままになっている扉から中に入った。グレーのカーペットが二人の足音を吸い取る。中に入った二人はすぐに異常に気がついた。受付にいる二人の女性がカウンターにもたれるようにして倒れているのだ。
「大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」
 征市と陸は駆けよって話しかける。だが、二人に意識はない。
「どういう事だ。もしもし?もしもし!?」
 征市が一人の頬を軽く叩くが、反応はない。陸はもう一人をじっと観察していた。そして、呟くように言う。
「セーイチさん、この二人、寝てますね」
 意識はないが、死んでいるわけではない。よく見ると幸せそうに寝息を立てて眠っているのだ。
「ちょっと待て。あれだけ叩いても起きないってどういう事だ」
「胸を揉めば起きるかもしれませんよ!」
「起きてから訴えられても知らねぇぞ。それよりも……」
 征市は、通路を見る。そこにも何人かの客が倒れていた。皆、胸を上下させて静かに眠っている。
「ここにいる人達は全員眠っているみたいだ。先に調査に行った魔法警察が連絡できなかったのは、眠らされたためかもしれない」
「これだけ大勢の人間を眠らせるなんて、とんでもないプライズですね。ヤバいな」
 今まで笑っていた陸も、ここで表情を引き締めた。征市も陸もこれほど多くの人間に影響を及ぼすプライズは今まで見た事がなかった。プライズが暴走しているのか、それとも、魔法使いがそのプライズを使っているのか、詳しい事は判らないが早くプライズを止めなければ大変な事になるだろう。被害が博物館内で収まっている内はいいが、Y市全体に広がったらその影響は計り知れない。
「電波が乱れてるな」
 征市は携帯電話を取り出して、トライアンフの事務所にいる菜央に通話を試みた。だが、すぐに圏外になってしまって、かける事ができない。
 最初に調査に向かった魔法警察からノイズ交じりの音声で「プライズを操った魔法使いがいる」と報告が来てその後、すぐに通話が切れた。途中で切れたのは、電波が遮断されたからなのかもしれない。
「陸、ここは一度引き返して対策を考えてから突入しよう。このまま突撃してもミイラ取りがミイラになるだけだ」
「あいよ、りょーかい!」
 勢いよく返事をした陸を見て、征市は扉を見る。そこには、一人の男が立っていた。
「帰るのは早いよ、デュエリスト達。今なら、この博物館は君達と僕の貸し切りだ。展示品を眺めて知的な話でもしようじゃないか。特に今やっているプライズの展示は―おっと、失礼。プライズという言葉は一般人には通じないものであり、秘密にされている言葉だったね。魔力が宿ったとされるアイテムの展示が今の特集らしいが、これはなかなか面白い」
 扉の前に立っていた六十近い年齢の男は、黒いステッキに体を預けながら早口でまくしたてる。赤いズボンに、濃いグリーンのジャケット、そして赤いラインの入った黒い帽子をかぶっている。帽子から覗く髪は不自然な青色をしていた。その男は笑いながら、丸い黒のレンズ越しに征市と陸を見た。
「お前ぇぇぇっ!!」
 征市は、突然聞こえてきた陸の叫びに驚き、隣にいるパートナーの表情を見る。その顔に宿るのは殺意や敵意といった感情だった。今までどんな敵を見てもマイペースで飄々(ひょうひょう)としていた陸らしくない怒りをむき出しにした顔だ。
その表情を見て満足したのか、男は二人を馬鹿にしたように高い声で笑う。
「ああ!やっぱり君は素敵だよ、陸!君のためにこれだけ派手な仕掛けをしてよかった!君がそうやって喜びを表してくれるように、僕も君に会いたい気持ちを今までずっと我慢してきたんだよ!」
 ステッキを回しながら男は話した。その顔についた笑いの表情は剥がれる事がなかった。
「お前、陸とどういう関係だ?それに、派手な仕掛けをしたって事は、お前がこの事件の犯人か!?」
 征市が近づくと、男は笑うのを止め、彼にステッキを突きつける。鼻先にステッキを突き付けられて征市は男に近づくのを止めた。
「君はいらない。僕は陸のためにこの仕掛けをしたんだ。帰ってくれないか?」
「これだけの事件を見て帰れる奴がいるかよ!」
 征市が左手にポケットチーフをかざし、金属製のデッキケースを取り出す。そして、陸を見た。
「陸!こいつは俺がやる!お前は外に出て、菜央に連絡を!」
 普段だったら、陸は征市の指示通りに動くはずだった。だが、陸はループタイのドクロの目を光らせてデッキを取り出したのだ。自分が戦うとでも言うように。
「セーイチさん、その男は僕を指名してるんですよ。僕もそいつを殺したかった」
 陸の目を見て、征市は自分の背筋が寒くなるのを感じた。五月の熱い日差しの中、ここまで走って来て征市の体温は上がっているはずである。それが一気に低くなるような、そんな悪寒だ。
「宿敵って奴なんですよ。それを横取りするなんて事、セーイチさんはしないでしょ?」
 陸は右手のデッキケースを握りながら、征市の横まで歩いてくる。征市は、陸の異常を感じながら、何もできずにいた。
「ジャロール。生きていたのかよ!」
「生きていたのか、とは面白い事を聞くね、陸。僕は不老不死を目指している男、ジャロール・ケーリックだ。不老不死とは文字通り、老いる事も死ぬ事もないという事さ。君とのいざこざがあってからしばらく派手な動きは控えていたが、元気になったから暴れる事にしたんだ。大きくなったね」
 ジャロールと呼ばれたその男は、親戚の子供に言うように優しい声で語りかける。陸には、それが不快だった。
「死ね!死んじまえっ!」
 陸は、デッキケースから乱暴に一枚のカードを取り出すと、その一枚に自分の魔力を込める。あふれんばかりの黒い光を発したカードから、一筋の光線が発射された。それはジャロール目がけて一直線に飛んでいくが、彼は避けようとしない。
「死ぬ気か!?」
 征市は驚いて見ていたが、ジャロールが陸の攻撃を避けなかった理由はすぐに判った。彼は、その光線を一枚のデュエル・マスターズカードで受け止めていた。ジャロールもデュエリストなのだ。
「死ね、とはよくない挨拶だね、陸。今の君を見たら天国のご両親が哀しむよ」
「ぐおおおおっ!!」
 まるで、ジャロールに操られているかのように陸は怒り、吠える。その姿は、まるで獣のようだった。いつもの陸との違いに戸惑っていた征市は、ここでジャロールの口から出た驚愕の事実を知る。
「陸の両親が……?」
 だが、征市の疑問に誰も答えず、戦いが始まろうとしている。陸の前に五枚の黒いエネルギーの壁―シールドが現れたのだ。ジャロールはそれを見てもデッキを取り出さない。代わりに取り出したのは、装飾を施された片手に乗るくらいの大きさの小物入れだった。白を基調に彫刻が施されたその長方形の蓋をジャロールが開ける。すると、単調なメロディがそこから流れてきた。
「オルゴール……?」
 征市は、陸の異常も忘れ、そのメロディに耳を傾けていた。そんな事をしている場合ではないと判っているが、それでも聞かずにはいられない。そして、単調でありながらも心地よいメロディに体を預けながら体が軽くなっていくのを感じた。
「なんだ、これ……?」
 陸の表情から怒りが消えていく。怒りだけではない。意識もメロディの中に溶けて消えてしまいそうだった。眠気が二人の意識を奪っていったのだ。
「これが……ここの人を眠らせたプライズの正体、かよ……」
 征市は眠りに落ちる瞬間、ジャロールのオルゴールを見ていた。陸は、眠らないように手のひらに爪を食いこませて眠気に耐えていたが、やがてその痛みもなくなり、手にも力が入らなくなる。
「そんな目をするなよ、陸。お楽しみはこれからだ。ここにいる人達にも危害は加えない。実験の経過を待たなくてはならないからね。被験者達をわざわざ殺す理由はないもの。それに陸。君の悪夢も見たいんだ。他の連中を殺すなんてつまらない事をしている時間はない」
 陸は今にも消えてしまいそうな朦朧とした意識の中でジャロールの言葉を聞いていた。彼がサングラスを取り、紫色の瞳を陸に向ける。
「さあ、ショーの始まりだ。僕を楽しませてくれよ」

 目が覚めた時、陸はどこかに立っていた。そこは色のない白黒で構成された世界。コンクリートの道と植えられた木々が広がる場所だった。
「近所の公園だ」
 陸が呟いた瞬間、その世界は色を取り戻す。顔にかかる日差しを浴びて、この世界のこの日が晴天である事を思い出した。陸はこの場所をよく知っている。小さい頃に住んでいた場所の近くにある公園だ。今まで完全に忘れていた。
 遠くから家族で歩いてくる人影がある。右側に父親、左側に母親、中央には子供がいた。日本人の父親、欧米人の母親、そして八歳ぐらいに見える幼い男の子。幸せに満ち溢れた家族。陸はその笑顔を知っている。
「母さん……父さん……!」
 陸は、自分の父と母を見て目と頬に熱いものを感じた。それは涙だ。二度と会えないと思っていた両親に会えたのだ。
 感激のあまり声を震わせる陸だったが、この世界の三人は陸に気づかずに通り過ぎてしまう。陸は慌てて振り返ると手を伸ばした。
「待って!待ってよ、行かないで!僕をここに置いていかないで!」
 伸ばした手が母の肩に触れたはずだった。陸のその手は、母を掴む事ができずにその体を擦り抜ける。もう一度試してみたが、やはり結果は同じだった。
「無駄だよ、陸。この世界における遠山陸は君じゃない。そこにいる坊やだ。今の君は誰にも気付いてもらえない幽霊みたいなものさ」
 ジャロールの声が世界に響き渡る。どこから聞こえるのか判らない声を元に、陸は周囲を見渡してジャロールを探す。
「僕を探している時間があったら、別れを告げるのに使った方がましだと思うよ?ほら、場面が変わる」
 ジャロールの言葉と共に、周囲の風景が変わっていく。古いテレビの映像を邪魔する砂嵐のようにノイズが流れ、全てが変化していった。
 次に立っていたのは、雨が体に当たる音と土の匂いが印象的な場所だった。全身から泥臭い匂いが入り込んでくるような気分を覚えた時、陸は心の奥底に封印していたこの場面を思い出す。
 強い雨の中で、泣いている子供の声が聞こえる。それは、幼い頃の陸の声だ。
 乱暴に鼓膜を揺さぶる強い雷がその風景を照らす。目の前に広がるのは、土砂に飲まれた電車だった。横に倒れた車内から白い手が見える。その手を見て陸は力の限り叫んだ。叫ばなければ、何かが崩れてしまいそうだったのだ。
「母さんだ……。母さんと父さんが中にいるんだ……!」
 陸は幽霊のようにふらふらと歩くと、泣いている子供の傍にしゃがむ。そして、手で土砂をかき分けようとした。陸が何度繰り返しても土砂に触れる事はできないし、人間の手で土砂をかきだしたところでたかが知れている。だが、陸はそれでもやらずにはいられなかった。
「…………!」
 隣で子供の泣く声が聞こえる。なんと言って泣いていたのか、陸は今でも覚えていない。だが、陸は泣いていたせいでこの時両親を助けられなかったと思っている。
「…………!」
「何、泣いてんだよ。何、甘ったれてんだよ」
 陸の額にいくつもの汗の粒が浮かぶ。どれだけ焦ってもどれだけ祈っても陸は土砂をかき出す事が出来ない。
「…………!」
「お前もやれよ。やれば助かるかもしれないだろ!」
 陸は、泣いているだけの無力な過去の自分に苛立ち始める。それは、この世界に触れる事ができない自分への苛立ちでもあった。
「…………!」
「泣くんじゃねぇっ!お前がそうしているから、みんな死んじゃうんだぞ!何もできないんだったらさっさと助けを呼びに行けよ!」
 陸は、この先に待つ結末を知っている。突然の土砂崩れで横に倒れた電車から投げ出されたのは陸だけだった。他の乗客は全て土砂の下だ。幼い子供に救助を呼ぶ事を求めるのは酷な事であり、近くに人がいないという最悪の状況であった。
「陸……」
 二人の陸は、その言葉を聞いて動きを止める。か細いその声は、母のものだった。
「泣かないで。お母さんに顔を見せて……」
 二人の陸は、服が汚れるのも気にせずその場を這いずり、電車の中にいる母の顔を見ようとする。だが、暗い影に隠れてその顔を見る事はできない。
「笑顔を。お母さんと同じ綺麗な肌をしたその笑顔を見せて……」
 母に笑顔を見せるため、陸がさらに近づこうとした瞬間、再びノイズが流れる。
「いいご両親だった。君は幸せ者だった!」
 ジャロールの声を聞いて、陸の意識は現実に引き戻される。今、陸が笑顔を見せても、母は成長した陸の笑顔を見る事ができないのだ。
 陸は無意識の内にシャツの袖をつかんでいた。その手は震えている。
「そうか。君は確か、母上と同じ色をした綺麗な肌を自分の長所の一つだと思っていたね。だからこそ、今、君は母上に顔を合わせられないんじゃないかな?」
「黙れ!」
 陸は声を張り上げる。だが、ジャロールは挑発的な声で笑うだけだ。
「陸。お楽しみはまだまだこれからだよ!君が歩んできた悲劇の道筋を見てみようじゃないか!僕の手から離れてからどうなったのかも気になるんだよ!次は何が待っているかな!」
「もう、やめろよ……」
 悲劇。陸の人生にはそれが付きまとっていた。両親の死は、彼の悲劇の終わりではない。これから続くいくつかの悲劇の始まりに過ぎないのだ。
 力なくつぶやいた陸は歩く。歩く陸の周りでノイズ交じりの世界が別の風景へと変わっていった。

 トライアンフの事務所にある医務室。学校の保健室によく似たその部屋の二台ある真白なベッドを征市と陸が占領していた。二人とも、目を覚まさない。魔法警察の医務室から運び込まれてからずっとこのままだ。
「二人とも、どうしてしまったんですか?」
 学校が終わってから事務所に来た湊は、征市と陸が元気な姿で待っていると思っていた。二人が眠っていて話さないだけで、トライアンフの事務所がひどく静かで味気ない場所に感じる。
「誰も目を覚まさないので詳しい事は判りませんが、恐らく、プライズです」
 菜央は征市と陸を派遣してから一時間後、二人がからの連絡がない事を不審に思い、魔法警察に相談して多数の調査員を派遣する事にした。その中には、トライアンフに所属していないフリーのデュエリストやプライズへの耐性が強い調査員もいた。三十人近い人数の調査団が博物館に入ると、そこにいるのは倒れて眠っている人々だけで、プライズも魔法使いもいなかった。事件を起こした犯人に逃げられてしまったのだ。
 そこにいる人々は魔法警察の医務室に運びこまれ、収容できなかった征市と陸はトライアンフの事務所に運ばれたのだった。二人が運び込まれてから三時間が経過した。それでも二人は起きる素振りを見せない。
 心配して見ている菜央と湊の前で、陸が苦悶の表情を浮かべる。時折、うめき声をあげる事もあった。
「陸さん、大丈夫なんですか?すごくうなされてますけど」
 魔法警察の医務室で眠っている人達も、隣のベッドで眠っている征市もうなされていなかった。眠りの世界の中で苦痛を感じているのは陸だけなのだ。
「私にも……判りません」
 それは、菜央にとって敗北を意味する言葉だ。謎のプライズとそれを使った敵に対抗する術を持たなかったという事なのだ。
「若月さん。今日は自宅で待機していて下さい」
今、菜央と湊にできる事は何もない。この事件の犯人を追い詰めたとしても、人を眠らせるプライズによって返り討ちにされるだけだ。
「判りました」
 素直に頷いて湊は部屋を出て行こうとする。そして、扉の前で立ち止まり、菜央を見ると
「あの……何かあったらすぐに呼んで下さいね」
と、言って去っていく。菜央は彼らしい優しい気遣いが嬉しかった。
 白い部屋の中で、菜央は二人が目覚めるのを待ち続ける。

 深い眠りから強制的に目覚めさせられるような不愉快な覚醒にも似た感覚を感じて陸は意識を取り戻す。パイプベッドの上で寝ていた陸少年も同じだった。この時の陸は十三歳。今から陸の目の前で起こる事は三年前の出来事なのだ。
「母さん……父さん……」
 親戚中をたらい回しにされた陸が最終的に行きついたのは、『ネバーランド』と呼ばれる子供を育成する組織だった。そこには、陸と同じような境遇の子供が多く保護されていて、陸を温かく迎えてくれた。それでも、陸はその場所に馴染めなかった。
 ベッドと机だけが置かれている狭い部屋。親の愛に囲まれて育った陸にとって、そこは寂しい空間だった。だからと言って他の子供達の輪の中に入る事もできずにいる。
 ドアを叩く音が聞こえる。遠慮がちな音だ。陸は、返事をしてドアを開けた。
 そこに立っていたのは、ブロンドの髪をした少女。陸より一つ年上の少女、ナタリーだった。この施設の最年長であるナタリーは、面倒見がいい少女で子供達の世話をする事もある。施設の子供達という集団の中で、彼女は大人と言ってもいい存在だった。
「陸。おはよう。ごはん、なくなっちゃうから食べに行こう?」
「嫌だ」
 陸は、彼女の母性にも似た愛を冷たい言葉で拒絶する。両親を亡くしてから、彼は全ての愛を拒んできた。自分でも正確な理由は判らないが、自分に深く関わった者は死んでしまうと思った事と、他の人物からの愛を受け取る事が両親への裏切りだと感じてしまう事に理由があるのかもしれないと、現在の陸は考えていた。
「みんなが君を待ってるよ。行こうよ!」
 ナタリーは、陸の手を握る。陸はそれを振り払って抵抗した。
「やめろよ!」
 この時のくだらない抵抗の時間を、陸は今でも後悔している。ナタリーの想いをもっと早く受け入れていれば、彼女達ともっと楽しい時間を過ごせたかもしれないからだ。
「陸、君は悪い子だったんだね。だが、ナタリーの事を受け入れた。いずれ、僕の事も受け入れてくれるようになるかな?」
 陸は、ジャロールの言う事を無視して過去の自分達の様子を見ていた。
 わがままを言う子供をあやす親のように陸に声をかけていたナタリーだったが、陸の返事は全て否定のものだった。最後にナタリーは陸の頬に触れてこう言った。
「綺麗な肌なのに……。ごはん食べないと、綺麗な肌が台無しになっちゃうかもしれないよ」
 母から受け継いだ肌は陸にとって大切なものだった。自分のわがままで母から受け継いだものを汚すわけにはいかない。ナタリーは諦めて陸の部屋を去った。だが、直後に後ろから聞こえるドアの音を聞いて振り返る。
「僕……僕、行くよ……。僕の肌は母さんが褒めてくれた、母さんと同じ肌なんだ。僕はこの肌を守らなきゃ……!」
 顔中に涙を流しながら陸は歩く。ナタリーは何も言わずにその手を取った。
 現在の陸の後ろで拍手をする音が聞こえる。後ろを向くがそこには誰もいなかった。
「素晴らしい友情だ!ナタリーは賢い子だね。どう言えば君が食事に来てくれるか考えての行動だったのだろう?いい友情だ!だからこそ」
 陸には、ジャロールの姿が見えていない。だが、彼にはジャロールが不気味に微笑むのを見た気がした。
「だからこそ、悲劇が映えるのだ」
 また、陸の周囲をノイズが包む。
 変わった世界は、真っ暗だった。むせかえるような気持ちの悪い匂いが現在の陸の嗅覚を容赦なく刺激する。見ると、その匂いは部屋の中にある赤いろうそくから発せられている。ろうそくが魔法陣の上に等間隔で置かれていた。
 魔方陣の中央で眠る陸少年の姿を見て、現在の陸は動きを止める。上半身に何も着ていなかった陸少年の白い肌は、黒い紋章で汚されていた。胴体も両腕も、奇妙な回路図にも見える紋章で埋め尽くされていた。
「うぅ……ああああぁぁぁっ!!」
 現在の陸が体の奥深くから声を絞り出すように叫ぶ。自分の内側からあふれるどす黒い何かを吐き出すために。その叫びの名は絶望。今でも消える事のない黒い紋章は、陸の母親からの形見でもある肌を汚したのだ。
 目を覚ました陸少年も、自分の姿を見て現在の陸と同じように叫んだ。
「目覚めたようだね、陸君!気分はどうだい!最悪か最高のどちらだ!」
 部屋の奥に立っていた男が陸に気づき、魔法陣に近寄る。ろうそくの炎に下から照らされたその顔は、幽霊のように見えた。そこに立っていた男は、ジャロール・ケーリックだ。
「懐かしい!これは僕と陸のファーストコンタクトじゃないか!この様子を何らかのメディアに記録したいところだが、君が触れられないのと同じように撮影しても映らないのだ。残念だな」
 現在のジャロールの声も部屋の中に響いた。未来の世界の二人が見ているとは夢にも思わず、過去の二人は会話を始める。
「あんた、誰だよ!あんたがこれをやったのか!」
 陸は、ジャロールに近づこうとして立ちあがる。暗闇と同じ色をした床を蹴って駆け出そうとするが、強い力に足を引っ張られてその場に倒れた。見ると、両足が鎖で固定されている。それを見て陸は改めて恐怖した。
「あんた、じゃない。僕はここを作った者だ。不老不死を目指している男であり、ネバーランドの理事長をしているジャロール・ケーリックだよ。直接会うのは初めてだね。初めまして」
 ジャロールはかぶっていた帽子を取ると丁寧にお辞儀をした。その動作も陸の気に障る。
「それよりもほら!お友達のお別れ会だ。お歌でも唄ってあげなさい!」
「お、別れ……?」
 陸は、ジャロールの不吉な言葉を聞いて周囲を見た。ろうそくが等間隔に置かれていたように、彼の
周りにはネバーランドに来てから知り合った友人達と先生がいた。彼らは動かない。注意深く観察しているが、胸が上下に動く事はなかった。
「死んでいるんだ。歌よりもレクイエムの方がいいかな?」
 その言葉は、陸に頭をハンマーで砕くような大きな衝撃を与えた。
 眠る前はこうではなかった。陸は、ナタリーにリードされながらネバーランドの子供達と少しずつ打ち解けていったはずだったのだ。「明日、一緒に遊ぶ」と、年下の子供達としたはずの約束は永遠に果たされる事はない。明日が消えてしまったからだ。
「ほぅら、早く!みんな、いなくなってしまうぞ!」
 おかしな事の連続に混乱していた陸の周りに奇妙な風が吹いた。下から吹き上げる風だと陸は感じたが、そうではない。上を見るとブラックホールのような塊がうごめいていて、それが全てを吸いつくそうとしている。周りにいる友達がどんどん吸い込まれていく。短い思い出が浮かんでは消えていった。
「ナタリー……!」
 最後に塊に吸い込まれていくのはナタリーだ。ぐったりした体が宙に浮いていく。
「行かないで!」
 現在の陸と、過去の陸の言葉が重なり、二人の陸は手を伸ばす。生きているか死んでいるかは関係がなかった。ナタリーが連れて行かれる。これが陸にとって耐えられない事だった。
「駄目だ!行っちゃ嫌だ!ナタリー!」
 必死に祈りを込めて手を伸ばしたが、現在の陸の手はナタリーに触れられず、過去の陸は黒い床に拘束されているため、動けない。もう少しで届く、というところでナタリーの肉体も黒い塊に吸い込まれていった。
「完璧だ!完璧だよ、陸!あとは君だけだ!」
 黒い塊は一箇所に集まり、姿を変える。陸の頭上で、それは人の体に黒い羽根と山羊の頭を持った悪魔へと姿を変えた。
「生贄は受け取った」
 部屋中に反響する奇妙な声で悪魔は話す。それを聞いたジャロールは魔法陣に入らないように注意しながら一歩前へと進んだ。
「それはいい!では、契約を!最後の生贄はそこに!」
 悪魔はジャロールの声を聞き、目下にいる陸を見た。下で震える少年の元へ悪魔は降りていく。
「生贄か」
 悪魔は笑うと、陸に手を差し出した。何を表しているのか陸には判らなかったし、どうでもいい事だった。生贄という言葉や話を聞いていて十三歳の少年は理解した。自分はジャロールの野望のために死んでいくのだ、と。
 だが、悪魔が告げる言葉は、陸にとってもジャロールにとっても予想外の言葉だった。
「お前の寿命を今すぐ十年寄こせ。そうすれば、後ろにいるあの男を殺す力を与えよう」
 それを聞いた陸の瞳に初めて光が宿った。そして、同時にその光が内なるどす黒い闇を照らし始めた。
「何故だ!あなたを呼び出したのは、この僕!ジャロール・ケーリックだ!」
「不老不死を目指している男の寿命は食ってもまずいんだよ。生贄の中に残っていた命で充分腹は膨れた。あとは小僧。お前がどうするか決めればいい。お前が寿命を十年寄こさないなら、俺はあの男と契約をする。どうする?」
 悪魔のささやきは甘美だ。昔、陸はそういう言葉を聞いた事がある。その時は理解できなかったが、今の陸にはそれが理解できた。痛いくらいに。
「僕に……僕に、ジャロール・ケーリックを殺す力をくれ!」
「契約は完了した」
 悪魔は黒い塊となって空気中に霧散した。その直後、陸の体中をエネルギーのようなものが駆け巡る。血液よりも流れがはっきりと判るその力。指の先まで循環しているその力は魔力。ジャロールが不老不死を完成させるために必要な魔力が悪魔の悪戯で子羊のような生贄の少年に与えられた。今、震える魔術師の前で少年の殺意が覚醒する。
 気が付くと、右手にカードの束があった。陸は、これが自分の魔力を使って戦うための道具だと理解する。
「それはおまけだ。不老不死男を殺してみろ」
「言われるまでもないよ!」
 陸は、カードの束から適当に一枚のカードを引き抜き、それに自らの魔力を込める。怒り、憎しみ、殺意、そして頭によぎった身を裂くような悲しみが黒い力となってカードから吐きだされた。黒い弾丸となって飛んでいったそれは、ジャロールを壁に叩きつける。
「がああっ!陸!僕がここに呼ばなければ君は死んでいたんだぞ!君は、恩をあだで返す子なのかい?」
 体中に陸の魔力を受け、壁に押し付けられながらジャロールは聞く。
「最初から殺すつもりだっただろ!ナタリーの……みんなの仇だ!死んじまえっ!」
 壁も天井も魔力に耐えきれなくなって崩れていく。瓦礫の下に埋められたら助かるはずがない。陸は、自分の足元に魔力を発射して鎖を切ると崩れた壁から部屋の外に出た。そこは、陸がいたネバーランドの中だ。陸が連れて来られた部屋は、誰も入ってはいけないと言われていて、鍵が掛かって入れなかった理事長室だったのだ。
「瓦礫の下なら死んだよね?……さよなら、ナタリー」
 崩れるのは理事長室だけではない。ネバーランドの建物全てが崩れていく。
 重い荷物を背負っているように、体が重く感じてうまく歩けない。だが、陸はそこから必死になって逃げ出した。生き残るために。
「そうだ。また、僕だけが生き残った」
 現在の陸は、呟く。両親を亡くした電車の事故でも、ジャロールによるネバーランドの虐殺でも、陸だけが生き残った。
「そうだね、陸。君以外はみんな死んでしまった。君は厄病神なんじゃないのかな?」
 ジャロールの言葉に対して、陸は何も言い返せなかった。それは自分自身がそう感じているからだ。誰かに否定してもらいたかったが、誰に否定してもらっても、この疑問はぬぐい去る事はできないだろう。
 周りがノイズに包まれ、周囲が真白い空間で覆われた世界へと変わる。その世界ではジャロールが立っていた。周囲の空間が変わったのをみて、興味深そうに回りを見ている。
「どうやら、ここで終わりのようだ。続きはまた今度にするとしよう」
「待てよ!」
 陸は、眠る前に手に持っていたデッキケースを取り出す。それを見てジャロールは微笑んだ。
「いいよ、陸!僕が勝ったら君を連れて行く!生贄なんてつまらない事はもう言わない!僕の片腕として働きたまえ!」
「ふざけるな!僕はお前を殺す!絶対にだ!」
 陸の前に現れる五枚のシールドと、ジャロールの前に現れる赤紫色のシールド。互いの魔力の波長の違いを感じながら、戦いが始まった。
「ジャロールがデュエリストになっていたなんて……。簡単に倒せそうにないな」
 《フェアリー・ライフ》や《青銅の鎧(ブロンズ・アーム・トライブ)》を使ってマナを増やしながら、陸はジャロールを観察する。デッキを手に入れてデュエリストになるだけなら簡単だ。
だが、征市や陸にまで効果を及ぼすような強力なプライズを使いこなしている点から見て、ジャロールの魔力はかなり高くなっているはずだ。それと比例してデュエリストとしての強さもかなりのものになっている、と陸は予想した。
「倒す事など考えずに、僕のものになりたまえよ。そらっ!」
 《青銅の鎧》を出した次のターンに、ジャロールは《無頼聖者スカイソード》を召喚する。陸と同じように、マナを増やす戦略のようだ。
「そんな小型クリーチャー、蹴散らしてやるよ!」
 陸が投げたカードから現れたのは《甲魔戦攻ギリメギス》だ。巨大な車輪で移動する要塞のような形をしたこのデーモン・コマンドのパワーは9000。《青銅の鎧》の1000や《スカイソード》の2000で勝てるパワーではない。
「《青銅の鎧》でシールドブレイク!」
 《青銅の鎧》が槍でジャロールのシールドを突き刺す。砕けるシールドを見ても、ジャロールは眉一つ動かさなかった。
「君がパワーで押すというのなら、僕も真似しようかな?」
「何っ!?」
 陸の《ギリメギス》はコストに比べて非常に高いパワーを持つクリーチャーだ。それ以上のパワー持つクリーチャーをこれだけ早いターンに出すというのが陸には理解できなかった。
 ジャロールの手から離れた一枚のカードが金と緑の光を出して巨大な龍へと姿を変えていく。巨大な体躯を飛ばす金と緑色の羽根や、緑色の肉体を金色の鎧で包んだ龍。
「僕の切り札の一つ《無双龍聖ジオ・マスターチャ》だよ。コスト4以上のクリーチャーのパワーを3000増やしてくれる狂暴な龍さ。もちろん《ジオ・マスターチャ》自身のパワーも3000増えて、11000となる!」
 ジャロールのコスト4以上のクリーチャーは《ジオ・マスターチャ》以外に《スカイソード》がいる。その《スカイソード》の獣のような顔が突然、龍のような顔へと変化していった。
「変身した!?一体、何が……?」
「《ジオ・マスターチャ》の能力だよ、陸。コスト4以上のクリーチャーにパワーを与えるだけでなく、龍としての力も与えるのだ!」
 《スカイソード》が吠える。獣のものより重みのある咆哮は間違いなく龍のものだった。
 龍と化した《スカイソード》が振るう剣が《青銅の鎧》に叩きつけられる。その一撃は斬る、というよりむしろ、叩きつけて破壊する一撃に近かった。重い一撃を受けて《青銅の鎧》の肉体が粒子となって消えていく。
「クリーチャーだけじゃないよ、陸。次はシールドだ!」
 ジャロールの《青銅の鎧》が陸のシールドを砕いていった。まだ二枚目がブレイクされただけだが、陸は焦りを感じ始めていた。
 だが、砕かれたシールドの破片が青い光を出して人の形を作った時、焦りは消える。
「シールド・トリガー!《アクア・サーファー》だ!ジャロールの《ジオ・マスターチャ》を手札に戻す!」
 《アクア・サーファー》の足元から巨大な波が押し寄せる。その波はどんどん大きくなっていき、《ジオ・マスターチャ》の巨体を飲み込んだ。カードの姿に戻った《ジオ・マスターチャ》はジャロールの手札に戻っていった。
「さらに、こいつだ!」
 陸の手元から黒い光を発するカードが離れ、シールドに融合する。その瞬間、陸の目の前にあるシールドが黒いバラの花に包まれる。そして、そのバラのツタがジャロールの《青銅の鎧》と《スカイソード》をからめ取った。バラのツタはクリーチャーを強く締め上げ、その結果《青銅の鎧》の肉体が砕け散る。
「パワーを減らす事もできるのか。闇文明のカードの特徴の一つだったね!」
 陸がシールドに取りつけたカードは《ローズ・キャッスル》。相手のすべてのクリーチャーのパワーを1000減らすカードだ。《青銅の鎧》はパワーが0になってしまったため、破壊されてしまった。
「お前がパワーを増やすカードを使ってくるんだったら、僕は減らしてぶっ壊してやるよ。《ギリメギス》で《スカイソード》を攻撃!」
 《ギリメギス》のキャタピラがバラのツタに拘束された《スカイソード》を轢き潰していく。これで、ジャロールのクリーチャーは全滅した。
「面白いよ、陸。もっと僕に君の怒りをぶつけてくれ!」
「黙れ!」
 その後も陸とジャロールの戦いは続いた。いつものクールで笑いを絶やさない戦い方とは違い、攻撃的で暴力的な戦いを続ける陸。そして、そんな彼を挑発し嘲笑いながら防御し続けるジャロール。戦いは終盤に突入していった。
「全部消えちまえっ!」
 《ギリメギス》が陸に投げつけられた黒いカードによって姿を変えていく。台座に居座ったその悪魔の名は《悪魔神バロム》。陸の切り札だ。《バロム》の登場と共に周囲を舞う鴉のような黒い羽根が、ジャロールのクリーチャーの周りに落ち、それらの体を破壊していく。腐りながら大量のクリーチャーが朽ちていくその光景は地獄絵図のようだった。
「ラスト二枚!もらった!」
 《バロム》の手から出た黒い光線が、ジャロールを守っていた二枚のシールドを貫く。だが、それと同時に片方のシールドから青々としたツタが伸びて《バロム》に絡みついた。そのツタに締め上げられた《バロム》は二枚のカードに変化し、マナゾーンへ飛んでいった。
「残念だったね、陸。《ナチュラル・トラップ》だよ。これで、君のクリーチャーも僕のクリーチャーも全滅だね」
 陸は、ジャロールに聞こえるように舌打ちをするが、不利なのはジャロールだ。陸のシールドは二枚残っていて、ジャロールは一枚もない無防備な状態だ。陸がクリーチャーを召喚して一度攻撃すれば勝つ事ができる。
「陸。もう一度攻撃すれば僕に勝てると思っている?違うな。僕はそんなに甘くはない」
 ジャロールの手から二枚のカードが飛び、それぞれクリーチャーに姿を変える。一枚は、シールドとマナを追加する《スカイソード》だ。これによりジャロールの前にシールドが現れ、陸の攻撃を阻む。そして、その隣に並ぶ金色の龍の名は《光神龍セブンス》だ。ドラゴンをブロッカーに変える力を持っている。
「防御も攻撃も僕は大好きさ。陸、君を倒して連れて行くよ。倒したら、文句は言わないよね?」
「もう勝った気でいるのかよ。勝ってから言え!」
 対して、陸は《冥府の覇者ガジラビュート》を召喚した。全身に炎を宿した《ガジラビュート》はその炎の一部を持っていた剣に宿すとジャロールのシールドに向かって投げつける。《セブンス》がその剣を止めようとするが、剣はその龍の体を避けるように飛び、ジャロールのシールドに突き刺さった。残っていた最後の一枚が赤く燃え落ちていく。
「せっかく追加したシールドだったのに、残念だったな、ジャロール」
「いや……。そうでもないよ、陸」
 一瞬、気まずそうな顔をしたジャロールだったが、引いたカードを見て表情を緩めた。カードの中のクリーチャーが、ジャロールのサングラスのレンズに反射して金色の姿を見せる。その金色を確認した陸の頭脳は、彼の全身に一つの信号を送った。“危険である”と。
「陸、君の全てを見たい!その欲がこの切り札を呼び寄せたみたいだ!」
 ジャロールの切り札《光神龍スペル・デル・フィン》。磨き抜かれた金色の装甲は、何かを映す鏡のように光り輝いている。その左手に円盤状の盾が現れた。《セブンス》の効果でブロッカーとなったのだ。
「陸、君の負けだ!君が大事そうに持っていた二枚の《デーモン・ハンド》は使えないよ!」
「何で、僕の手札が!?」
 陸はジャロールの言葉を聞いて自分の手札を見る。手札には《デーモン・ハンド》が二枚あった。しかし、ジャロールが陸の手札の中身を見た事はない。
 よく見ると、《スペル・デル・フィン》の体に陸の持っているカードが映っていた。その内、呪文のカードが光を発し、《スペル・デル・フィン》にパワーを与える。
「僕の切り札《スペル・デル・フィン》は、君の手札を見る能力。君の手札にある呪文一枚につき、パワーが2000増える能力を持っている。さらに、もう一つあるのだよ!」
 ジャロールが右手を突き出し、《スカイソード》と《セブンス》に攻撃を指示する。二体のクリーチャーの攻撃によって陸のシールドは全てブレイクされた。だが、《セブンス》によって割られたシールドから、黒い光が現れる。シールド・トリガー《デーモン・ハンド》だ。
「僕の手札を見るなんて、嫌なクリーチャーだ。そういう大事なものは墓地にでも置いておきな!」
 陸の咆哮と共に《デーモン・ハンド》は《スペル・デル・フィン》の体を貫く、はずだった。だが、《デーモン・ハンド》は《スペル・デル・フィン》の体を貫く事無く、カードの姿で陸の手札に戻っていった。
「え?何で……」
「説明しようか、陸」
 呆けたような顔で手元に帰ってきた《デーモン・ハンド》を見ていた陸に、ジャロールが問いかける。陸は、余裕の表情で解説を始めようとしていたジャロールを睨むが、その男は気にせず解説を始める。
「そんな顔をせずに解説させてくれよ、陸。嫌だと言ってもやるけどね!僕の《スペル・デル・フィン》の最強の能力。それは、君に呪文を使わせない事なんだよ」
 陸の表情が凍りつき、汗が頬をつたう。心臓を鷲掴みにされるような強大なプレッシャーに襲われた。それを見てジャロールは笑い、解説を続けた。
「君の《アクア・サーファー》は墓地に一枚、マナに一枚。今まで君の戦いを見て来たが、三枚以上の《アクア・サーファー》を使っていた事はなかったね?手札に戻せば再召喚されるかもしれないから、君は《デーモン・ハンド》の方を好んで使っていた。君が《デーモン・ハンド》で《セブンス》を除去せずに《ガジラビュート》を召喚したのは、次のターンで出てくるであろう僕の切り札に備えての事だった。だが、残念だったね。僕の切り札は呪文を殺せるのさ。それと、もう一つ。君は《バロム》を一枚しか入れていない。違うかな?」
「正解……だ」
 手札を強く握りしめながら陸が呟く。そして、顔を落とした。
 陸が除去のために用意していたカードは《デーモン・ハンド》だけではない。小型クリーチャーは《ローズ・キャッスル》でパワーを減らして一掃すればいい。手札は《ガル・ヴォルフ》で破壊し、同時にシールドも破壊する。中型クラスのクリーチャーは《威牙の幻ハンゾウ》で除去しながら、切り札につなぐ事ができる。
 だが、今の《スペル・デル・フィン》にはその全てが通用しない。倒せないブロッカーが攻撃を阻んでいる限り、陸に勝ち目はない。ジャロールに敗北したのだ。
「さあ、カードを引きたまえ。そして、僕に負けを宣言するんだ!」
 ジャロールに命じられる操り人形のように、陸は山札の上のカードに手を触れる。その瞬間、陸の全身の血液にどす黒い衝撃が走った。冷水を浴びせられたように、陸は目を見開いて顔を上げる。それを見て、ジャロールは怪訝そうな顔をした。
「陸、君の負けは決まった。早く負けを認めて僕の元へ来い」
「……」
 陸は何も言わない。静かにそのカードを引くと、それを表にして静かに微笑んだ。いつもの陸のように、顔全体で喜びを現すような明るい笑顔ではない。冷淡な悪魔のように口の端で笑っていた。その冷たい笑顔を見て、ジャロールは奇妙な感覚を覚えた。これと同じ感覚を味わったのは、今から三年近く前。不老不死のための儀式に失敗して陸の魔力によって殺されかけた時の事だ。彼は、その感覚の名を今でも覚えている。その名前は“恐怖”だ。
「進化。《悪魔神ドルバロム》」
 陸のマナゾーンのカードが黒く丸い光をその一枚のカードに集めていく。充分な闇のエネルギーを吸い込んだそれは、自ら陸の手を離れて《ガジラビュート》と融合した。闇の中から変貌した巨大な悪魔が現れる瞬間、《バロム》の誕生の時を超える量の黒い羽根が飛び散り、ジャロールのクリーチャーの体が腐り、崩れていく。陸が破壊不可能だと思っていた《スペル・デル・フィン》も崩れ、消え去った。それはクリーチャーだけではない。それぞれのマナゾーンにある闇の力を持たぬカードが同じように腐っていった。
 尋常でない臭気の中で息苦しさを感じたジャロールは白いハンカチを取り出して、口を覆う。だが、同じ空気を吸っているはずの陸は苦しさを感じていない。
「ははは!いい気味だ、ジャロール!もっと苦しめよ!」
 それどころか、苦しむジャロールの姿を見て笑っていた。まるで、コメディ映画のワンシーンを見て笑うように愉快そうに。
 だが、その笑いもすぐに止む。
「《悪魔神ドルバロム》。場に出た時に闇以外のクリーチャーと闇以外のマナのカードを全て破壊するデーモン・コマンドの進化クリーチャー。僕の最強の切り札だ」
 陸は、宿敵を見る。その目は、仇打ちに燃える目ではなく、弱い者に対して力の差を見せつけていたぶり、それを楽しむ者の目だった。
「あの世で……神様に懺悔しな!」
 《ドルバロム》の両腕から発射される黒い光線がジャロールの体を包みこんでいく。光線が消えた後、ジャロールの肉体は塵一つ残さずに消えていた。
「はっはっは!素晴らしいよ、陸!ここは引き分けだね!」
 倒したはずのジャロールの声が聞こえる。半ば予想していた出来事だったので、驚く事もなく、陸はカードをデッキケースにしまっていた。
「夢の世界の僕を倒した。それは君の勝ち。だが、僕は君の世界を夢に閉じ込めた。それは僕の勝ちだ!引き分けだろう?出られないんじゃないのかな?」
「ちっ!倒せば出られると思っていたけれど、そんなに甘くはないか」
 陸は周囲を見るが、ノイズが発生して風景が変わる事はなかった。ジャロールが言うように、夢の世界に閉じ込められたのかもしれない。
 ふと、温かい光を感じて陸はそこを見る。優しさを感じる光が、壁一面を覆い尽くしていた。それはジャロールの切り札が放っていた拒否の光ではない。母や、ナタリーが持っていたのと同じ愛を感じた。
何も考えずに陸は一歩踏み出す。彼の中の怒りが和らいでいった。
 心の中に押し寄せる波のようなものを感じて、陸はもう一歩踏み出す。体中を流れる闇が消えていった。
 止め処なく涙があふれるのを拭いもせずに陸は一歩踏み出した。さらに一歩。彼は光に向かって歩き始める。
「リーダー……?菜央ちゃんなの?」
 自分がよく知る少女の名を呼び、陸は光に手を伸ばした。光に触れた瞬間、陸は目を覚まし、悪夢から脱出する。

 湊が部屋を出て行ってからどれくらいの時間が経ったのか、菜央は覚えていない。目の前には、誰よりも信頼できる仲間がいた。
「陸君……」
 征市や湊とは違い、陸だけを名前で呼ぶのは彼女なりの信頼の証だった。菜央は、世界で誰よりも陸を信頼していると言っていい。
 その陸は、悪夢に呻いていたかと思うと、今度は悪魔のように笑い、そして、また静かな顔で眠り続けた。
 もう、起きないのかもしれない。そう感じた菜央は、陸の頬に手を触れ、もう一度名を呼ぶ。
「陸君、起きて下さい」
 嗚咽のようなものが混じる声。それを聞いた瞬間、陸の眉が少し動いた。それに気づいた菜央がじっと見ていると、彼は目を開ける。しばらく天井を見ていた彼は、顔を菜央に向けて
「あの……僕、どのくらい寝てました?」
と、聞いた。
「陸君!」
 上半身を起こした陸に、菜央が抱きつく。突然の事に目を白黒させていた陸は、頬をかき顔を赤らめながら言う。
「あの~、抱きしめてくれるのは超嬉しいんでけどね。できれば、もうちょっと強く。当たってくる胸の感触が気持ちいいんで」
「こうですか?」
 陸の言葉の意味が判らずに一瞬、さらに強く抱きしめた菜央だったが、意味を悟り、すぐに離れた。耳まで真っ赤に染めた顔で陸を見ている。
「な、な……!一体、何を!」
「お熱いな、お二人さん」
 隣のベッドで征市も目を覚ました。それを見て、陸と菜央は顔を見合せて同時に聞く。
「いつ頃から見てましたか?」
「菜央が陸に抱きついた辺りから。んじゃ、俺は出て行った方がいいみたいね」
 征市の返答を聞いた菜央は顔を真赤にしたまま、口をぱくぱくと開けたり閉じたりした後、
「セクハラ!相羽さんも陸君もセクハラです!二人ともおしおき部屋行きです!」
と、叫ぶ。
「ええっ!?俺、起きただけなのに!」
「いやらしい目で見ていたじゃないですか!」
「え~……!寝たふりしてりゃよかったのかよ……」
 征市は肩を落とした。それを見て、陸は笑う。
「陸君!何を笑っているんですか!陸君もおしおき部屋ですよ!早く!」
「はいはい、判りました」
 陸は笑いながらベッドから降りると、征市の傍へ行く。
「ほら、セーイチさん。行きましょうよ」
「いや……。だって、おかしくないか?俺、敵の罠にかかって眠ってて起きただけなんだぜ?敵の罠にやられた事を言われるなら仕方ないけれど、起きた事を言われるって絶対おかしいだろ?」
 納得できない様子であれこれ考える征市を連れて行きながら、陸は医務室を出る。
 この仲間がいれば、厄病神にはならないだろう。陸はそう思っていた。今でも信じている。
 だが、ジャロールは陸のそんなささやかな願いを汚すために現れるだろう。
 ならば、戦えばいい。何度でも。彼を倒す時まで。

  『File.10 この世界を救え~征市の夢~』につづく

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