忍者ブログ
デュエル・マスターズについて語る非公式ファンサイトです。
[960] [959] [958] [957] [956] [955] [954] [953] [952] [951] [950
プロフィール
HN:
ネギ博士
性別:
男性
自己紹介:
デュエル・マスターズ初心者向けを意識した記事を書いています。
カレンダー
06 2017/07 08
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新コメント
[03/02 木之本桜]
[03/01 木之本桜]
[02/07 木之本桜]
[05/29 K先生]
[12/25 N-W]
ブログ内検索
お天気情報
カウンター
『TOKYO決闘記零式』

第二話 天野零語について


あの頃の僕は、まだ先生の事をよく知らなかった。
だから、つかみどころがない彼を知る為に、色々な人に先生について聞いていた。その結果、先生について知った事もあるし、よく判らないと思った事もあった。
そんな時期の話。
これは僕、一ノ瀬登(いちのせのぼる)が尊敬してやまない天野零語(あまのれいご)先生の物語だ。

大昭十六年四月二十九日 一ノ瀬登

天野零語と一ノ瀬登が会う場所は、大体、浅草にあるカフェー薫風館(くんぷうかん)だ。同じ東京の近い範囲で行動しているのだから歩いていて顔を合わせる事もないわけではないが、薫風館以外の場所で顔を合わせる事は少ない。
登は零語に会う用事が出来れば薫風館に行く。逆に零語が登に会う用事が出来る事はない。彼は気まぐれだからだ。
「うん、今日もかわいいよ」
当然だが、今の零語の言葉は登に向けて言われたものではない。薫風館に入ってから、彼の目は女給ばかりを見ている。自分の目は女給を見るためにある、と言わんばかりだ。運ばれてきた紅茶もろくに見ていないので、登は、これを珈琲にすり替えても気づかれないだろうと感じていた。尤も、彼はカフェーで好きなものを頼む余裕がないので、すり替えるための珈琲を用意する事などできない。手元にある透明なグラスの中で冷えた水を見ていた。
「あのう、先生……」
そう、先生である。
ここで二人について説明しておこう。
まず、天野零語。白い背広に白い帽子といった洋装が似合う背の高い男だ。軽い雰囲気で、自分の好みの女性を見ると声をかけずにはいられない。
そして、一ノ瀬登。
文芸雑誌『田園』の編集をしている青年だ。あまり金に余裕がなく、薫風館では水しか飲まない。
「何だい、そんな気が抜けたような声を出して。そんな事じゃ、かわいい女の子達が寄って来ないぞ」
「そんな事よりも、次の原稿をお願いしたいんですけど……」
「そんな事だと!」
零語の尖った声を聞いて、登は自分の失敗に気付いた。零語が自分の楽しみを邪魔されて、いい気分でいる訳がない。原稿を書いてもらう為の交渉など、成功するはずもない。
深い溜息で呼吸を整えると、零語は静かに言葉を発した。
「登君。人間が美しいものを見ないとどうなると思う?」
「ど、どうなるんでしょうか?」
登はどう答えたらいいのか判らない。しかし、どう答えても碌でもない事になるのだけは想像できていた。
「そんな事も判らないのかい!そうなったら、人間は死ぬんだよ!」
「はあ……」
理解のできない無茶苦茶な理論だった。理論ですらない。
「動物であれば、生きる為の最低限の欲求を満たせば生きていけるだろう。だが、人間は違う。美しいものを見て、心を震わせる。美しいものを発して、周りの心を豊かにする。それをして初めて人間として生きていけるのだ!美しいものをないがしろにする者は、生物としては人間であっても、心は人間ではない!美しいものが人間を人間にするのだ!」
「では、先生の美しい文学で他の人の心を豊かにして頂けないでしょうか?」
零語の言葉を引用すれば、突破口が見えるかもしれない。そう考えた上での発言だった。
だが、登の言葉を聞いた零語は溜息を吐いて首を横に振る。
「登君、美しいものを発する為には、美しいものを取り入れるしかない。食事をしなければ生きる為の力を得られないようにね。そして、君は食事に相当する行為を邪魔した。野生の動物なら、怒って飛びかかってくるだろうね」
「ですが、さっき人間と動物は違うとおっしゃったじゃないですか」
「それはそれ!これはこれだよ!」
どうすればいいのか判らなくなった登の視線が宙をさまよう。どうやっても、原稿の依頼は出来そうになかった。
「その辺にしときなさいよ、零語さん」
見かねたのか、助け舟を出してくれたのは女給の一人、夏子だ。このおかっぱ頭の女給は明るく、零語、登とも親しい。水しか頼まない登にも優しくしてくれるだけでなく、零語の扱いもうまいので、登は薫風館でなら安心して零語と話が出来る。
「そうは言ってもね、夏子君。この判らず屋の登君が、まるで何も判っちゃいない発言をするものだから」
「判っちゃいないんだったら、これからゆっくり教えてあげないと。私にも零語さんの好きな文学とか美術とかの話、教えてくれたんだから、登君にも教えてあげられるわよね」
「女の子と男じゃ扱いが変わってくるさ」
「それに、真剣に何かを教えている零語さんの横顔が素敵って誰か言ってたような……」
「何だって!」
自分の顔が誰かに褒められていたのを知った零語は顔を輝かせて喜んだ。期待した目で夏子の言葉の続きを待っている。
「誰が、どんな風に褒めていたんだい?早く教えてくれたまえよ!」
「忘れちゃった。でも、登さんにも優しく教えていたら、また誰かが褒めてくれるんじゃないかしら。もっと多くの人が零語さんの事を好きになっちゃうかもしれないわよ」
「その通りだね!」
両手をぐっと握りしめて零語は返事をする。そして、さっきまでとは違う目で登を見た。その目には情熱が宿っている。
「登君、さっきは済まなかった!人間、誰しも判らない事はあるものだ!さあ、君の為、そして、僕の美しさに惹かれる女の子達の為に、文学や美しいものについて教えてあげよう!」
「はあ……」
目的は不純だと思うが、うまく行ったようだ。
「さて、まずは文学とは何か教えてあげよう!文学とは……」
零語がそこまで言った時、時計が鳴った。
零語はバツが悪そうな表情をして、顔の前で手を合わせる。
「すまない、登君。この後、どうしても外せない用事があるのだ。申し訳ないが、君に教えるのはまた今度にさせてもらうよ!」
告げた零語は夏子に代金を渡すと嵐のように去って行った。時計が鳴って一分も経っていない間の出来事だ。登も夏子も口を開けてぽかんとしている。
「いつもの零語さんだったら、ここまで行けばうまく交渉できるんだけど……。よっぽど大切な用事があるみたいね」
「大切な用事……」
登は零語をよく知らない。登が知る彼は女性の事を常に最優先に考えて動いているような男だ。故に、女性におだてられた後、女性にいい姿を見せられる機会を逃すようには思えない。足繁く通っている薫風館の女給の、それも特に親しくしている夏子の前で活躍できる機会を逃すなど余程の事に違いない。
「どんな用事なんでしょうか?」
「私も知らないわね。零語さんの私生活って結構よく判らないのよ。小説だってそんなに多く書いているわけじゃないのに、毎日のようにここに来ているし」
現在、『田園』での零語の活躍は他の作家の穴埋めのような事が多い。薫風館の値段は良心的だが、毎日のように通うとなると小説の稼ぎだけでは厳しい。それに彼は、いつも高級そうな背広に身を包んでいる。
(どんな方法で収入を得ているんだろう……)
登は天野零語の私生活に興味を持った。彼は登が今まで見てきた作家に比べて謎の部分が非常に多い。
「僕、ちょっと天野先生について調べてみます。ごちそうさまでした」
「はい、ありがとうございます。またいつでも来てね」
優しい夏子の言葉を背に受けて、いつも水しか頼まない事にいたたまれなさを感じながら登は薫風館を後にした。
天野零語を知る為の行動。目的地は『田園』の編集部だ。

零語がその和室に入ってから、五回目の獅子脅しの音が響いた。
「日本の和室を好む外国人もいる」という考えで作られたこの部屋は質素だが、手入れが行き届いていて清潔である。襖を開けると、立派な庭園が見えるこの部屋は屋敷の主が気に入った者しか通されない。
襖が開く音を聞き、零語が立ち上がる。帽子を取ると入ってきた者に一礼した。
「お久しぶりです。金城(かねしろ)男爵」
「うむ」
屋敷の主、金城男爵はそれだけ言うと室内に入って座った。零語も続いて座る。
金城男爵は国政を動かす貴族の一人だ。零語の生活資金を出している。
「東川君は無事だったようだな」
「ええ、絵に描いたような病弱男の癖にしぶといんです」
そう言って友人について話す零語の声は弾んでいる。
「もう少し遅かったら危なかったのではないか?」
「彼は逃げ足が速いですからね。無事だったのは僕の活躍のおかげですが」
その後も他愛のない話が続き、五分が過ぎた頃、男爵が切り出す。
「本題に入る。ドッペルゲンガーの出現件数が増えている。先月確認できただけで五件だ」
「増えましたね。僕が男爵に出会ったばかりの頃は月に一件でした」
「そうだな。ドッペルゲンガーに襲われた私をお前が助けて一年か」
過去を懐かしむように男爵が言う。が、その眼が突然鋭くなる。
「未だに、お前が何者なのか判らない。本当は奴らと繋がっているんじゃないかと思う時がある」
「ドッペルゲンガーの敵で美しいものの味方です。それだけは本当ですよ」
一呼吸おいて男爵が答えた。その声色はやわらかい。
「このやり取りも十何回目だな。冗談はこのくらいにしておこう。本題に入る。警察関係者にお前と同じように決闘札でドッペルゲンガーと戦える者が現れた」
「初耳ですね」
決闘札、デュエル・マスターズ。西洋から入って来て流行している札遊びだ。だが、このカードは零語のような特殊な力を持つ者、保持者が使う事でドッペルゲンガーと戦う為の武器と化す。
「僕は警察が嫌いだから、彼らの保持者の力の使い方を教えた覚えはないですけど」
「それは知っている。今までの保持者はお前に戦い方を教わった者だけだった。だが、彼は陰陽道を学んでいた男だ。その応用で保持者の力を得たと言っている」
「信用できないですね」
「噂で聞いただけだが、調査はしている。戦力は多い方がいい」
それだけ告げると、男爵は懐中時計を出して時間を見る。
「ゆっくりしていけ」
そう言って彼は立ち上がり、去っていった。
「ゆっくりと言われてもね」
男爵が去った後、零語はそう呟いて立ち上がった。

「天野先生の私生活ねぇ……」
場所は変わって『田園』の編集部。
好物の大福を飲みこみお茶で喉を潤わせると、編集長は口を開いた。登が自分の分も、と思って買ったはずの大福も目にも留まらぬ速さで平らげてしまったのだ。
「ご存じないですか?」
お茶を飲み終わる頃合いを見計らって登が聞いた。編集部で他の者達がせわしなく動いているのを見て申し訳なく思いながら。
「んー、実はねぇ、僕もよく知らないんだよねぇ」
大福の親玉のような体を震わせ、彼は言う。
「そうですか……」
「薫風館の人達の方が詳しいかもしれないねぇ」
登もそう思っていた。しかし、彼が足繁く通う薫風館の女給達も零語の私生活を知らない。
「この後、原稿の持ち込みの子が来るからねぇ」と言った編集長の言葉でこの話は終わってしまった。零語の正体に関する手掛かりを失った登は何をしたらいいかも思いつかず、近くのそば屋に入った。そばをすすりながら思案したが、良い策など出る訳がない。諦めてそば屋を出て空を見上げる。
「あの……!」
大きな声で呼び止められる。考え事をしていた登は、それが自分を呼んでいる声だと気付かなかった。
「あの……、『田園』の人ですよね!」
そこまで言われて登はやっと自分が呼ばれている事に気付いた。声の主は登と近い歳の少女だった。期待した目で登を見ている。
「私、川田伸江と言います!天野零語先生に憧れているんです。それで『田園』の編集部を尋ねたんです!」
伸江と名乗る少女は憧れの天野零語に見てもらう為に『田園』の編集部に来た。しかし、編集部に零語はいなかった。諦めきれなかった彼女は編集長に原稿を見せずに零語の場所を聞いて編集部を飛び出したのだ。
「天野先生に一番詳しくて一番親しいのは登さんだと伺いました!今日も編集部で天野先生の話をしていたんですよね!天野先生がどこにいるか教えて下さい!」
登が口を挟むよりも先に伸江は自分の要求を話し終えた。見ると、彼女の手元には原稿が入っているらしき封筒がある。
編集長は自分で制御できない少女の扱いを登に任せたのだ。登は彼に大福を渡した事を後悔した。しかし、これは登にとっても好機である。編集長も呼んでいない彼女の小説を読めるかもしれない。文学を愛する者として興味がある。
「僕も天野先生についてそんなに詳しい訳じゃないですけど……、でも、先生がよく行くカフェーがあるんです。そこに行ってみましょう。先生がいなくても、伝言くらいはできるかも」
「是非、お願いします!」
希望が見えて、伸江の表情が明るくなる。大きい声がさらに二割ほど大きくなった。声に驚いて周囲の人が二人を見るほどだ。
「じゃ、早速今からそのカフェーに行きましょう!夕方ですし、そこでご飯にしましょう!登さんも一緒に!」
「そう……、ですね」
伸江の提案を聞き、登は自分の財布の中身について考えた。昼間に水一杯で居座り、夕方も水一杯で居座る度胸は登にはない。かと言って薫風館で食事をするような経済的余裕もない。先ほど、そばを食べたので腹は膨れているが、珈琲の一杯くらいは飲まねばなるまい。今後、どうやって生活を切り詰めようか考えながら、登は薫風館への道を歩き始めた。
道中、伸江は零語について終始話していた。この前の『田園』に載った零語の小説の感想が主だった。夕日の赤が強く、気がつくと伸江の顔が見えなくなるほどだったが、彼女の声は非常に弾んでいた。
薫風館まであと少しというところで腹の虫が鳴る。それは登のものではない。
「あ、あはは……」
照れたような声の後、伸江は黙ってしまった。
気まずい。非常に気まずい。
そう思いながらも、登の口から気の効いた言葉など出るはずがない。天野先生ならこうはならないだろうと思いながら、登は必死に言葉を探していた。
「もう夕方ですからね。あの……、カフェーまでもうすぐですから」
頭を回してそう言った登が歩こうとした時、彼の背中を伸江がつかんだ。振り返ったが、彼女の顔は夕焼けの赤に溶けてしまったようで見えない。赤面していたとしても判らない。
「もう、我慢できないんです」
「もう少し、なんですが……」
まんじゅうでも買ってこようかと悩みながら登は周囲を見る。だが、困った事に周囲には店らしきものが見当たらない。人通りの少ない道を通ったせいか、人の姿もなかった。
「ええと……」
「あなたを……、下さい」
想定していなかった言葉を聞いて登の思考が止まった。とりあえず、伸江の顔を見ようとした時、彼の目に彼女の手が映った。
人間のものではない真っ白な右手。その指先が蛇のように伸びている。先日の東川と同じだ。彼女もまたドッペルゲンガーなのだ。
「あなたを……、食べさせて下さい!」
声と共に再び、登の思考が止まる。同時に伸江の動きも止まった。二人は気付いていないが、止まっているのは彼らだけではない。全ての動きが止まっていた。そして、それに気付く者はなかった。
「やれやれ……」
只一人、この状況を作り出した天野零語を除いて。
「登君、君はドッペルゲンガーを吸い寄せる才能の持ち主みたいだね。それにしても、まったく面倒臭い……」
零語は溜息を吐くと、懐から鉄扇を取り出す。それを振り下ろして登に向かって伸びていた伸江の指先を切り落とした。
再び、零語が溜息を吐くと、周囲が動きを取り戻す。
「う……、くぅ……!」
気がついた登の目には、顔を伏せ痛そうに右手を押さえる伸江と登に対して背を向けている零語の姿が映った。
伸江の右手の指先からは青い血がしたたり落ちる。
「君は女の子を見る目がないね、登君。はぁ……、確かにこの子はかわいいが。ふぅ……」
驚く登に対して零語が軽口を叩く。彼は肩で息をしていた。
「ですけど、この子、天野先生が好きで天野先生を探してたって……」
登は混乱しかけた頭で零語に返した。
「悪いけど、かわいくても好きになれない子はいるのだよ。ドッペルゲンガーや、僕の友達を傷つけようとする奴とかね」
零語は息を整えて伸江のドッペルゲンガーを見る。時を同じくして伸江が顔を上げた。
「ひっ!」
登が怯えるのも無理はなかった。さっきまでの憧れを語る少女の姿はそこにはない。好きだと言っていたはずの零度の顔を怒りの表情で睨みつけていた。
「おぉ、怖い怖い。ドッペルゲンガーとは言え、仮にも女の子がそんな般若みたいな顔をするもんじゃあないよ」
そう言いながら零語は、懐から黒い箱を取り出す。中に入っているのは決闘札、デュエル・マスターズの札の束だ。
「ふー……、いいですよ。痛かったけれど、獲物はかかってくれました。天野零語が見つかれば成功。天野零語を殺せば大成功です!」
対して伸江も同じような箱を取り出す。負傷したはずの右手は完全に再生していた。
「獲物に負けて大失敗になる君の未来が見えるよ」
呆れた声で言った零語が札の束を空中に投げる。自らの意思で飛び回った札は一か所に集まった。足元にある札の上から五枚を横一列にならべた時、まばゆい光と共に横一列に並んだ青い壁が現れる。零語を守るように出現した壁を見て、札の主は不敵な笑みを浮かべる。
「準備完了だ。決闘許可書保持者、天野零語が決闘を申し込む!」
堂々とした態度で決闘に臨む零語だったが、先手を取ったのは伸江だった。
ヘルメットをかぶった探検家のような姿の生物を出す。
「《キルホルマン》です!登場時に山札の上を捨てて、それがヒューマノイドならすぐに攻撃できるんです!それっ!」
伸江が勢いよく山札の上の札を右手で弾き飛ばした。宙を舞うそれが赤く光った時、伸江が笑い、零語が舌打ちした。
「それっ、《キルホルマン》で攻撃ですっ!」
《キルホルマン》が大地を蹴って動き出した時、煙とアルコールが混ざったような匂いが辺りを包んだ。
「大丈夫。そんな小さくて弱い奴、敵じゃないさ」
零語がそう言うのも無理はない。
彼の場には既に《アクロアイト》がいる。生命力の数値が同じ二体。相討ちに持ち込む事が出来る。
だが、伸江はその考えを撃ち抜くように手札から一枚の札を抜いた。
「油断大敵ですよ、それっ!」
《キルホルマン》の体が赤い光を発する。それと同時に周囲に漂っていた匂いが火薬に似た匂いに変わった。
「侵略完了。《音速ガトリング》に進化ですっ!」
そこに立っていたのは名前の通り、手持ちのガトリング砲を持った人型の駒だった。《音速ガトリング》は奇声を発しながら零語の二枚の楯を蜂の巣にする。
「うわあ!もう二枚も!」
「まいったね……」
この電撃的な速度の攻撃は登だけでなく、零語をも驚かせた。序盤であるにも関わらず、彼の口から軽口でなく溜息混じりの言葉がもれるほどだ。楯だった札を回収する零語を見て、伸江は満足そうに微笑む。
「この速さと強さには少し驚いたよ。だけど、対応できない訳じゃあないね」
そう言った零語が《アクロアイト》に一枚の札をかざす。《アクロアイト》は金色の光を発し姿を変えながら《ガトリング》に向かっていった。
「さあ、行くよ!《リブリバリア》!」
《アクロアイト》は球体が集まったような龍、《リブリバリア》へと変化していった。
零語の駒は、《ガトリング》の銃撃を受けながら突進していく。追突された《ガトリング》はうめき声と共に仰向けに倒れた。
「どうだい?《ガトリング》の出番はこれでおしまいさ」
「確かにその通りですね。でも、それは《リブリバリア》も同じです」
伸江が言うように《リブリバリア》も無事ではなかった。
表面の装甲は傷つきひび割れ、輝きを失っている。
「ふっ、甘いね」
だが、零語は動じない。
彼が自分の楯を一枚破ると、《リブリバリア》の傷が治り、再び動き出した。
「金剛石が砕けないように、《リブリバリア》は砕けない!」
「それ、毎回言うんですね」
登は、東川の時と同じ台詞をまた聴いた事について呟き、同時に安心した。
零語は伸江の速さに強さで対抗している。
「どんどん行きますよ、《鬼切丸》!」
伸江が新たに繰り出した駒は《キルホルマン》と同じように風のような速さで動き、零語の楯を破る。
「天野先生!」
「そんなに悲痛な声を出すもんじゃぁないよ。まだ負けてないんだからね。それっ!」
硝子のように砕けた楯の欠片が集まり、真っ白の光を作り出す。その光は鎧を纏った騎士の姿となった。
「《アキューラ》だ。いつもなら相手の動きを止めてくれるいい子なんだけどね」
零語が楯から呼び出した《アキューラ》はまだ行動していない駒の動きを止める事ができる。しかし、伸江の《鬼切丸》は既に行動済みだった為、その力を使う必要はなくなっていた。
「無駄でしたね」
「そうでもないさ。こんな事もできる」
零語は涼しい顔で《アキューラ》に一枚の札をかざした。すると《アキューラ》の肉体も、球体が集まったような龍《シルドアイト》へと姿を変える。同時に零語の前に新たな楯が光と共に出現した。
「《シルドアイト》は僕の楯を増やしてくれるいい子だ。《リブリバリア》で減った分はこうやって取り戻す。さて……」
零語は伸江のシールドを舐めるような目で見た。その視線に気付き、伸江は怪訝そうな顔をする。
「守りを捨てて果敢に攻めてきてるんだから、僕も真似しよう。《リブリバリア》!《シルドアイト》!攻撃だ!」
零語が操る二体の駒が同時に伸江の楯に向かって突き進む。四枚の楯はなす術もなく、破られていった。
「やった!」
登も零語の戦い方はよく知っている。不死身の《リブリバリア》と回復の《シルドアイト》。この二体が揃った状態で零語が負けるはずがない。
《リブリバリア》の不死身を活かす為の楯は二枚ある。対して伸江の楯は一枚。次の零語の攻撃が始まれば勝てるといってよい状況だった。
「うふふ……」
だが、追い詰められたこの状況で伸江は笑っていた。その余裕に登は驚く。
「確かにすごい布陣です。でも、私は速さが違います。えいっ!」
彼女は勢いよく新たな駒を呼び出した。
「二体目の《鬼切丸》だ!」
「でも、二体じゃ楯を破るのが精一杯だね」
「判らないんですか?この子は《キルホルマン》と同じでヒューマノイド。だから、こんな事ができちゃいます」
《鬼切丸》が大地を蹴るのと共に、赤い光を発し、姿を変えた。零語と登は硝煙の匂いと共にその駒の名を思い出す。《ガトリング》だ。
《ガトリング》は楯の前まで来ると、持っていたガトリング砲で零語の楯二枚を撃ち抜いた。
「天野先生!《アキューラ》は!?」
「ないよ」
最後の楯に希望を託して登は叫んだが、帰って来た答えは淡々としたものだった。
「じゃ、私の勝ちですね。上からは天野零語について詳しく調べるように言われましたけれど、別にいいですよね。これで終わりですから!」
《鬼切丸》が一直線に走る。その目標は零語の喉元だ。
「覚悟!」
伸江の声と共に《鬼切丸》が飛んだ。その切っ先が零語の喉元に届こうとしている。
「やれやれ」
だが、零語は一枚の札でそれを受け止める。その札に触れた瞬間、《鬼切丸》の体が蒸発したように消えた。
「なっ、なんですか!」
「いい男は常に最強の切り札を持っているものさ。革命0トリガー!《ミラクル・ミラダンテ》!!」
零語は攻撃を防ぐために使っていた札を投げた。光を発したそれは天使のような羽根を生やした金色の龍へと変化する。いくつもの白い羽根が宙を舞った。
「僕の切り札《ミラクル・ミラダンテ》は楯がない状況で攻撃された時に使える最後の一手。相手の攻撃を防ぐのに使えるのさ。
「そんな……、そんな……」
動揺する伸江の前で最後の楯が割れる。《ミラクル・ミラダンテ》の巨体が彼女の眼前に迫って止まった。
「取引だ。君の言う上について教えてくれたら見逃してあげてもいいよ」
《ミラクル・ミラダンテ》の背後にいる零語の声が伸江の耳に届いた。少しの間逡巡した後、伸江が口を開く。
「言います言います!だから、助けて下さい!」
さっきまでの威勢のいい声とは違い、泣きそうな声だった。それを聞いた零語が肩をすくめる。
「判ったよ。僕は女の子には優しいんだ。ドッペルゲンガーが相手でもね」
「はあ……」
登は呆れたように溜息をつく。かわいくてもドッペルゲンガーは好きにはなれないと言ってから十分も経っていないからだ。
しかし、零語の勝利によって緊張が解けたのも一緒である。安堵の溜息でもあるのだ。
伸江が自分の駒を消した後、零語も同様に自分の駒を消し去った。それを見た伸江は口を開いた。
「私達ドッペルゲンガーの上にいるのは……っ!」
そこまで言って伸江は口を開けたまま、動きを止めた。その体は微かに震えている。
「どうしたんだい!?」
尋常でない雰囲気を悟って零語は伸江に手を伸ばす。しかし、その手が伸江に触れるよりも先に彼女は倒れ、黒い光を発しながら消えて行った。それは零語が東川のドッペルゲンガーを倒した時の同じ現象だ。伸江のドッペルゲンガーは消滅したのだ。
「口封じか……」
小さく呟き、舌打ちする零語の横顔を登は見ていた。

「君が女の子と一緒だなんて珍しいね。どうかしたのかい?」
その直後、零語は疲れたのか近くに置いてあった木箱の上に腰かけた。決闘に体力を使っているのか、それとも零語自身に体力がないのか登にはよく判らなかった。
「あの子、天野先生の小説を読んで好きになって先生を探してたって言ってまして。それで僕も一緒に先生を探してたんですけど……」
それを聞いた零語の目の色が変わった。力が戻ったようだ。
「なんだって!いや、でも、それはドッペルゲンガーが出まかせを言ったのかもしれない。でも、もしかしたら本物は僕の小説が大好きで僕の事も大好きかもしれない!うん!こうしてはいられない!」
独り言と共に結論を出した零語は握りこぶしを作って立ち上がる。
「行くぞ、登君!僕の小説を読んで感動してくれた同士の元へ!」
「はあ……。でも、先生。もう夜ですよ!」
「そんな事は問題ではない!」
呆れながら登は零語についていく。
結局、天野零語について判る事はなかった。同じくドッペルゲンガーについても判る事はなかった。
天野零語。
ドッペルゲンガー。
二つの存在について登が詳しく知るのはもう少し先の話である。


つづく

次回 第三話 狛犬

拍手[0回]

PR
この記事にコメントする
name
title
color
mail
URL
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret (チェックを入れると管理人だけに表示できます)
Powered by Ninja Blog    template by Temp* factory    icon by MiniaureType

忍者ブログ [PR]